正常化すべき台湾の国家形態 [台湾前総統 李登輝]

正常化すべき台湾の国家形態 [台湾前総統 李登輝]
第6回台湾李登輝学校研修団における李登輝前総統による特別講義

 本日のメールマガジン「台湾の声」に、本会が3月3日から6日まで行った「第6回台湾李
登輝学校研修団」において、最終日に李登輝学校校長でもある李登輝前総統が行った特別
講義「正常化すべき台湾の国家形態」が掲載されましたので、ここに転載してご紹介しま
す(読みやすくするため適宜改行しています)。

 ただ、本誌の3月7日発行の第478号でもお伝えしたように、特別講義は1時間半にも及び、
その内容は多岐にわたりました。ここに改めてその内容を記します。

 李登輝前総統は、台湾民主化の最大のポイントにして第一歩が1991年5月1日に廃止を決
定した「動員戡乱(かんらん)時期臨時条款(じょうかん)」だったことを挙げ、その内
容について詳しくご説明いただきました。

 また、台湾が主権の独立した国家であることについても、国連に加盟しているとか国際
的に認知されていなければ独立国家ではないのかについて、日本が国際連盟から脱退した
ことやスイスが国連に加盟していなかったことなどの例を上げ、「そのような国は主権独
立国家ではなかったのですか。台湾は誰から、どこから独立するんですか。台湾は万年国
会議員を辞めさせ、動員戡乱時期臨時条款を廃止し、凍結していた憲法を復活して修正し
てきて(実質的に中華民国体制から)独立した主権国家なんですよ」と声を大にして説明
されました。

 しかし、独立国家としての台湾にはまだ憲法などいろいろと問題があるとして、ご自身
が携わった憲法修正問題や台湾の民主化が停滞している現状についても詳しく説明されま
した。

 印象的だったのは、日本統治時代、第4代総督だった児玉源太郎後の下で民政長官をつと
めた後藤新平の事績について詳しく解説されたことです。特に組織論の面から重要なとこ
ろに重要な人物を配したとして新渡戸稲造などを挙げ、時間があれば後藤新平についての
本を執筆したいと話されたことでした。

 李登輝前総統は修業式の挨拶で「私は一生を台湾に捧げてきた。それ以外にない」と明
言され、先にも書いたように、台湾にとって、そして日本にとっても、李登輝前総統は欠
かすことのできない存在であることを改めて認識させられました。参加者からも「李登輝
前総統のお話をお聞きし、胸の中のもやもやがすかっと晴れました」「この偉大な哲人政
治家に、私たちはまだまだ学ぶべきことが多くあります」といった感想が続々と寄せられ
ています。

 では、かねてより李登輝前総統が唱導される「台湾独立国家論」とはいかなるものか、
じっくりお読みください。     (メールマガジン「日台共栄」編集長 柚原正敬)


正常化すべき台湾の国家形態

                                  李登輝前総統
 
[2007年3月6日 台湾桃園日本李登輝学校]

 小川団長、日本李登輝友の会の皆様、ようこそいらっしゃいました。皆様と一緒に台湾
の将来について考え、そして語り合えることができ、とても嬉しく思っています。

●政治の空転は台湾最大の問題

 さて、現在の台湾の最大の問題はなにかというと、まずは政治の空まわりではないかと
思います。与野党は激しく対立し、社会全体までが両極化してしまっています。選挙とな
ると、社会全体が刺々しい空気に包まれてしまうのです。そして政治家達も政策論争より
も、互いのあら探しや足の引っ張り合いばかりに明け暮れています。

 国会などは政策論争と言うより、言葉の暴力のリングになってしまっています。国家防
衛に関する予算や国民生活にかかわる法案すら通らず、政府の機能も正常に作動していま
せん。これは実に憂慮すべきことであります。

 2000年に、台湾で初めて政権交代が行われ、民進党の政権が誕生しました。当時は私を
含め多くの国民が、国家は正常化に向かうのではないかと期待していました。しかし、こ
の7年間の民進党政権下では、国家の正常化どころか、逆に政争のどろ沼に嵌まってしま
っています。なぜ、こうなっているかというと、独立か、統一かという無毛な論争が政治
の全てに影響しているからではないかと思います。

 そこで私は、この状態に早く終止符を打たせないと、台湾は消耗されるばかりだと心配
し、例の壱週刊のインタビューを受けたのです。

●台湾は完全な独立国家

 その記事には「李登輝が台湾の独立を放棄する」との刺激的なタイトルが付けられ、か
なりの波紋を呼んだことはご承知の通りです。もちろん、「独立の放棄」とは編集者が勝
手に付けたもので、私の言葉ではありませんでした。

 私は、台湾はすでに独立国家であり、独立を宣言する必要はないと言っただけです。確
かに台湾の現状は前例のないいびつな状態ではあります。戦後の台湾は長く国民党という
外来政権による一党独裁の支配下におかれました。しかし、1996年の総統直接選挙以降は、
人民が自ら国家の指導者を選べることになりました。つまり台湾は、外来政権による支配
から解放されたわけです。ましてや今などは、台湾生まれの台湾人の民進党政権の時代で
すから、もはや台湾は完全たる独立国家と言えます。

●国家の正常化に邁進すべき
 
 それでも今の体制は正常であるとはいえません。それは国名も憲法も外来政権の当時の
ままであるからです。しかしだからといって、今の体制を完全に否認してしまうのも現実
的ではありません。なぜなら、この体制の下で形成された法制はすでに国民生活の隅々ま
で絡み合っているからです。この体制を完全に否認することは、現在の法制の法的根拠を
全て否認することになり、台湾社会を大混乱に陥れることになります。

 実際、独立派と自認している多くの方もこの法制下で活動し、選挙に参加しているわけ
です。この体制の存在をとりあえず認めているからこそ、今の民進党政権も誕生したはず
です。

 台湾独立とは中華民国体制からの独立であることは私も理解できます。しかし、中華民
国体制の下で政権を担当しながら、独立を叫ぶのは可笑しな光景です。なぜなら、それは
自分から自分を独立させようとしているに等しいからです。

●内部のコンセンサスが正常化の第一歩である

 確かに台湾の国家形態は、国際社会の中では例のない存在であります。私は総統在任中
の1999年、現在の副首相である蔡英文氏を英国に派遣し、九名の権威ある国際法の学者に
国際法の観点から「台湾は主権独立国家であるかどうか」と伺いました。そしてその内の
半分はイエスと答え、残りの半分はノーと答えました。つまり、台湾の国家形態はそのぐ
らい複雑で特殊なものだということです。その後、私は台湾と中国との関係は「特殊な国
と国との関係だ」とドイツの放送局とのインタビューで明言したわけです。外国からどう
見られようと、台湾は独立国家であるという否定できない現実を内外にはっきりと示した
わけです。

 もちろん、それだけで台湾の国家正常化が完了したとはいえません。ただ、そのように
国際社会に対して「台湾は独立国家であること」ということを明示したことで、国家正常
化への第一歩が踏み出せたのです。

 では、この台湾の国家正常化とは何かといえば、まず国名を中華民国から台湾に正し、
台湾の現状に則した憲法を台湾人自らが制定することです。もちろんこれは簡単なことで
はありません。中国からは当然圧力がかかりますし、台湾内部でもいくつもの高いハード
ルがあります。そこでこの作業を可能にするための不可欠な第一歩が、「台湾は一つの主
権独立国家である」とのコンセンサスを確立することになるのです。

●大多数の台湾人は独立した現状維持派

 よく台湾の政治勢力は独立派と統一派とに分けて見られます。しかし、台湾では中国と
統一したい国民はほんの僅かで、ほとんどの国民が現状維持を希望しているという現実が
あります。台湾の現状とはなにかというと、中国に隷属しない独立した情況ではないでし
ょうか。

 台湾の正常化を図るには、まずその民意を踏まえなくてはならないと私は考えておりま
す。独立か否かの神学論争は無意味なだけでなく、国民を二分させ、対立を激化させる以
外のなにものでもありません。それによって政治の停滞は、国民に計り知れない損害を与
えることになります。国家の指導者たる人間は、そのような激しい対立を放置し、もしく
は助長しては、人民に対して無責任きわまりないということを知るべきです。

●台湾人を苦しめる日米の「一つの中国」政策

 それから、日米も含む今の国際社会は、中国の圧力に屈して「一つの中国」政策を取り
入れています。その政策が台湾人を苦しめ、台湾の国家正常化の最大の阻害になっていま
す。しかし、台湾人がその対抗策として台湾の独立を叫ぶことは得策ではありません。

 なぜなら、中華民国(Republic of China)と中華人民共和国(People’s Republic of
China)の区別もできないほとんどの国々にとって、台湾の独立とは中国からの分離独立を
意味しており、そのこと自体が「一つの中国」を正当化しかねないからです。つまり、自
分で自分の首を締めかねないことになるわけです。

 台湾人はいかなる外国からの阻害があっても、独立国家として粛々と国家の正常化に進
めるべきだと、私は主張したいのです。もちろん、それは「一つの中国」政策を容認する
ことにはなりません。

●アジアの安全保障と矛盾する「一つの中国」

 日米にとって台湾の戦略的地位が極めて重要であることを、両国ともに認めています。
日米間、台米間の安全保障の面においての連携は緊密であることは大変喜ばしいことであ
ります。しかし国際社会で台湾を孤立させる「一つの中国」政策が、結果として、安全保
障の連携に支障を来していることに、私は危惧しています。

 日米から「安全保障の面で日米と連携しろ」、そして「国際社会では一つの中国の枠に
中で我慢しろ」、といわれても、そのようなご都合主義には限界があるのです。台湾では
深まりつつ孤立から敗北主義が広がりつつあり、やがては与野党とも中国に傾斜してしま
うかもしれません。その結果、内政面においても中国干渉が大きくなり、政策的にも中国
の意向が野党を通じて色濃く反映されるようになっています。台湾の防衛に必要な武器購
買の予算がなかなか通らないのもそのためです。つまり安全保障の面で、こうした影響は
すでに出ているといえるのです。

 このように、日米の「一つの中国」政策は台湾だけでなく、自分の首をも締めることに
なるのです。「一つの中国」政策は中国に台湾を干渉する口実を与え、中国勢力が台湾に
進出しやすくするもので、それは決して日米のためにならないと、ここで重ねて強調した
いのです。

●日本は台湾を直視すべし

 日本李登輝友の会の機関誌の名は「日台共栄」ですが、日台が運命共同体であることは、
国のことを憂える愛国者なら、誰もが認めていることなのでしょう。アメリカが中東で足
をとらわれている今だからこそ、日本はアジアのリーダーとして、安全保障の要である台
湾を直視すべきではないかと思います。

 台湾も日本も、一つの独立国家として現実を直視し、裸の王様同様の「一つの中国」政
策を放棄する時期になるのではないでしょうか。このメッセージを日本に持ち帰っていた
だき、日本社会に伝えていただければ幸いです。

 ご静聴、ありがとうございました。

               (3月10日発行、メールマガジン「台湾の声」より転載)

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