李登輝前総統一行は名古屋を散策し、本日午前、金沢に到着

李登輝前総統一行は名古屋を散策し、本日午前、金沢に到着
名古屋駅ホームでは間近でお見送り


≪次の奉迎≫
■日  時  12月31日(金) 午前8時50分
■集合場所  京都駅・八条口

*1月2日の関西国際空港でのお見送りについては、明日、詳細をお知らせしま
 す。


 27日夜、名古屋空港に着かれた李登輝前総統ご一行は、28日午前中、ホテルで
昔の友人と面会するなどして過ごされ、午後から徳川美術館や名古屋城などを散
策されました。
 名古屋城には、折りよく名古屋空港の奉迎に参加した在日台湾婦人会の張信恵
事務局長や台湾からの留学生たちも行っていて、李登輝さんたちを歓迎できたそ
うです。
 共同通信によれば「一緒に来日している孫娘の李坤儀さん(23)は午前中、ホ
テルに隣接するデパートのCD店などでショッピング」したというが「大勢の警
護員などで、売り場は異様な空気に包まれた」とも伝えています。やはり、危害
を加えようとしているテロリストが潜入していることも十分考えられますので、
これは致し方ありません。
 李登輝前総統ご一行は本日、名古屋駅を定刻8時56分発の「しらさぎ3号」に
乗車し、11時47分に金沢駅に到着されました。安全対策のため、1車輛を貸し切
っての金沢行きだったそうです。
 名古屋駅では、日本会議・愛知県本部やキリストの幕屋、新しい歴史教科書を
つくる会愛知県支部、日本世論の会愛知県支部などの方々約50人が日の丸の小旗
や台湾旗を打ち振り、プラットホームからお見送りしました。
 日本会議・愛知県本部の服部守孝事務局長は感激の面持ちで「ご出発までに4
、5分あり、触れれば届きそうなところで、ホント間近でお見送りすることがで
きた。李登輝さんたちは終始、にこやかに手を振って応えられていた。名古屋空
港では目の前をサッと通り過ぎられたが、名古屋駅では十分すぎるほど見送りで
きた」と伝えてきています。
 到着された金沢駅でも多くの人が日の丸の小旗を打ち振って出迎えたそうです。
 金沢では、八田與一の胸像も展示してある市内下本多町の「市立ふるさと偉人
館」などを見学した後に和倉温泉に向い、今晩はそこに宿泊される予定です。
 なお、今朝の読売新聞が社説で李登輝前総統の来日を取り上げ、中国の要求を
拒否したことを「当然の姿勢である」と評して、「ビザ発給は、日本の主権にか
かわる問題である。出入国管理法など国内の法令に照らして問題がなければ、発
給しない理由はない。外国が干渉する筋合いのものではない」と、小気味よくピ
シャリと押さえています。
 名古屋市内散策の様子を伝える報道と読売の社説を紹介します。
 今年初めての雪が東京に降っています。ボタン雪です。李登輝さんたちの上に
も舞い降りる金沢の雪は、どういう雪なのでしょうか。      (編集部)


「すっかり変わったね」 李氏、名古屋城に感慨深げ
【共同通信 12月28日】

 台湾の李登輝前総統(81)は28日午後、名古屋城や徳川家康の遺品を収蔵
する徳川美術館などを見学した。名古屋は学徒出陣で陸軍に入隊し、終戦を迎え
たゆかりの地。特に名古屋城は、かつての駐屯地がそばにあっただけに思い出の
場所といえる。
 名古屋城管理事務所の岡本政広所長から天守閣などが1945年5月の空襲で
焼失したことを説明された李氏は「わたしが(当時)来た時はもうなかった」な
どと曽文恵夫人(78)に紹介。再建された天守閣の展望台に上がり、「見渡す
限り高い建物。随分昔と違うなあ」と感慨深げに話した。
 しかし周囲は、数十人の警護が付くなど緊張した雰囲気。中国側が滞在中の言
動を見守るとくぎを刺し、日本側も報道各社に取材自粛を要請しており、台湾メ
ディアが李氏に声をかけようとしても、警護員が「ノー」と声を荒らげて遮るな
ど、ピリピリした空気に包まれていた。


読売社説 李登輝氏来日 “正常化”に近づいた対中関係
【読売新聞 12月29日付)

 日本もようやく中国との関係が“正常化”に近づいた、ということだろう。
 台湾の李登輝前総統が家族とともに「観光目的」で来日し、一週間の日程で名
古屋、金沢、京都の旅を楽しんでいる。
 中国は、李氏を「台湾独立勢力の総代表」だとして、政府に査証(ビザ)発給
の取り消しを強く求めていた。だが、小泉首相は「一私人の観光旅行を断る理由
はない」と、中国の要求を拒否した。当然の姿勢である。
 李氏は四年半も前に総統を退き、公職を離れた私人だ。ビザ発給は、日本の主
権にかかわる問題である。出入国管理法など国内の法令に照らして問題がなけれ
ば、発給しない理由はない。外国が干渉する筋合いのものではない。
 これまで日本は、度の過ぎた対中配慮から、法治国家として当然の原則を、な
いがしろにしたこともあった。
 二〇〇一年春に、李氏が心臓病治療のため来日を希望した際、外務省内のいわ
ゆるチャイナスクールは、中国の意を迎えて「ビザ申請の事実はない」などと、
ウソをついてまで拒もうとした。
 当時の河野外相も辞意をちらつかせて反対したが、森首相が「人道上の理由」
として発給を決断した。
 ところが、翌年秋にはまた、慶応大学の三田祭での講演会出席を理由にビザ申
請した李氏に、政府はきちんと根拠を示さずに「私的な訪日とは言えない」とし
、発給しなかった。
 米国は中国の抗議にもかかわらず、総統在任中の李氏を私人として入国させ、
講演も認めている。二〇〇一年には、五年間有効の数次ビザを発給した。
 英国、チェコも、総統退任後に私人として受け入れた。いずれも中国の抗議が
あったが、対応を変えなかった。
 今回、政府は、従来は拒んできた「観光目的」での入国を認めた。遅ればせな
がら、日本も私人としてなら入国を容認する、という原則を明確にした。
 まだ問題は残されている。李氏の来日にあたって、政府は、政治家との面談、
記者会見や講演などの「政治活動」をしないよう条件を付けた。報道陣には、取
材自粛を要請した。李氏が私人だというなら、条件を付けずに言論の自由も認め
るべきだ。
 それにしても「李氏は戦争メーカー」「報復措置を検討する」など、中国の執
ような抗議と恫喝は、日本国民の嫌中感情を増幅するだけではないか。
 中国との関係は極めて重要だ。だが、国としての筋目を保てなくては、真の友
好もない。

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