【読者の声】群馬の台湾少年工 [前橋市 須田雅江]

【読者の声】群馬の台湾少年工 [前橋市 須田雅江]
■宋燈山さんのもう一つの故郷

 私が台湾でお会いした台湾少年工のお一人、宋燈山さんのことを少しお話しします。
宋さんは「台湾少年工」の第1期生でした。

 第1期生は、台湾の岡山海軍航空基地で軍事訓練をし、昭和18年(1943年)5月8日に
横浜港へ上陸。海軍工廠で航空学、技術学習を終え各地に派遣を命ぜられました。

 宋さんは群馬県の小泉製作所に派遣(お給料をいただいていたので、宋さんは「就職」
と言っています)、夜間戦闘機「月光」の胴体組み立てに従事しました。その後、名古
屋で戦闘機「雷電」の製造技術を修得し、神奈川県の高座海軍工廠に赴き「雷電」の1
号機製作に携わりました。ここで終戦を迎えました。

 宋燈山さんからのお手紙には第二の故郷、日本に対する熱い想いが綴られています。
「航空技術養成員名儀の募集に対し、多数の応募の中選抜され、誇りを持って祖国の為
に本土に渡ったこと」とも。

 宋さんは今でも「頑張り続けた甲斐も無く、ついに敗戦に追い込まれ残念であります」
とおっしゃるのです。

■台湾少年工と小泉町

 中島飛行機創業者の中島知久平(なかじま ちくへい)は、「経済的に貧しい日本の
国防は航空機中心にすべきであり、世界の水準に追いつくには民間航空産業を興さねば
ならない」と大正5年(1916年)に飛行機研究所を起こしました。中島飛行機と改称した
のは昭和6年(1931年)のことです。

 大戦末期には日本最大の航空機メーカーとなって生産台数25,000機を超え、昭和20年
(1945年)4月には国営化され、第一軍事工廠となりました。

 現在、群馬県太田市大光院、通称「金山の子育て呑龍」に隣接する、太田市富士重工
スバル工場は、旧中島飛行機工場跡地です。ここは「呑龍」を生産していたことから呑
龍工場といわれた場所で、旧本社がありました。15万平方メートルもあり、正面に近代
的な3階建て本館を設けました。太田では戦闘機の「隼」「鍾馗」「疾風」などが生産
されました。

 昭和16年(1941年)、太田製作所と小泉製作所の間に飛行場が開設されています。戦
況が激しくなると、海軍発動機は多摩、機体は小泉製作所で請け負うようになりました。

 小泉工場は132万平方メートルあり、当時、東洋一の規模であり、「月光」「銀河」
「天山」「彩雲」など量産しました。意外と知られていないのは、零式艦上戦闘機(れ
いしきかんじょうせんとうき)、いわゆる零戦(エンジンは中島栄製)の生産について
です。設計した三菱重工業が3,880機に対して、中島飛行機(小泉工場)は6,570機も生
産していました。

 こうした工場、飛行場等軍事施設を有する太田市、邑楽郡(おうらぐん)小泉はアメ
リカ軍機による標的になり、数度の大空襲で多くの死傷者がでました。その犠牲者の中
には動員により集められて軍需工場へ来ていた北海道、東北、東京、そして台湾からの
少年工もいました。

 慰霊碑を知る者は意外に少なく、何のつてもない私にとって探すことは困難でしたが、
古い資料の中にそれらしき記述がありました。行ってみたところ、その慰霊碑は古城祉
にひっそりとありました。

 現在も太田市に残る本館の建物は使用されています。

 当時の資料は没収され、終戦後、アメリカ軍が昭和30年代まで使用していたようです。
私は関係者ではないので入館は出来ませんでしたので外観のみ写真を撮らせていただき
ました。

 一方、小泉工場の広大な跡地は現在はサンヨー電気工場になっています。

 今日、群馬県東部が北関東有数の工業地区となったのも、戦前、中島飛行機工場の築
かれた基盤があるからこそといえます(参考:『太田市史』『日本航空機総集』)。

 こんな逸話もあります。

 三島由紀夫は東大法学部に入学しますが、すぐに群馬県の中島飛行機小泉工場に勤労
動員に出されて働いていたそうです。

 『太田市史』や『小泉町史』、中島飛行機関連書籍などにも目を通しましたが、驚い
たことに、台湾少年工の記述はどこにもありませんでした。今年開かれた「東毛歴史資
料館特別展−中島飛行機の創立と発展」にも数回足を運びましたが、それらの展示資料
にもありませんでした。特別展でそのことを指摘しましたが、戦後生まれの担当者は認
識がなかったようです。

 平成の大合併により多少の混乱はあるものの、新しく中島飛行機関連の資料館が開設
されます。その折にはぜひ台湾の記述も載せていただきたいと要望を出しました。

 なお、戦後、マッカーサーの命で財閥解体の煽りを受け、中島飛行機は10数社に解体
されましたが、そのうちの6社が1つに集結して富士重工業なりました。スバル360という
カブト虫のような形の自動車がありましたが、富士重工業自動車部門のシンボルマーク
は六連星(むつらぼし)、その1つ1つが輝く星座であるという意味です。


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