「台湾紅茶の父」新井耕吉郎の胸像が薗原湖畔に移設

「台湾紅茶の父」新井耕吉郎の胸像が薗原湖畔に移設

 奇美実業の創業者の許文龍氏(94歳)は、台湾の民主化や言論の自由化に尽くした李登輝元総統や鄭南榕氏などの胸像を自ら制作し、また、日本時代の台湾において台湾の発展に貢献した日本人の胸像も自ら製作し、ゆかりの地に寄贈している活動でも知られています。

 許文龍氏はこれまで11人の日本人の胸像を制作または資金を援助しています。11人は、今でも台湾の人々から敬愛されている日本人です。

 台湾におけるインフラ整備や産業開発に貢献した後藤新平(ごとう・しんぺい)、糖業振興の方向性を立案した新渡戸稲造(にとべ・いなぞう)、スコットランド人の専門家バルトンとともに近代的な上下水道事業を担った浜野弥四郎(はまの・やしろう)、先進的な環境型ダム二峰[土川]を整備した鳥居信平(とりい・のぶへい)、烏山頭ダムを建設した八田與一(はった・よいち)、蓬莱米を開発した磯永吉(いそ・えいきち)と末永仁(すえなが・めぐむ)、台湾電力社長として電力事業を手がけた松木幹一郎(まつき・かんいちろう)、台湾紅茶を育てた新井耕吉郎(あらい・こうきちろう)、日本人最後の台南市長として台南の文化財を守った羽鳥又男(はとり・またお)、台湾のツツガムシ病を発見してその防止と風土病研究に生涯をささげた羽鳥重郎(はとり・じゅうろう)の11人です。

 このうち、群馬県出身者は「台湾紅茶の父」の新井耕吉郎、「末代市長」の羽鳥又男、「風土病撲滅の父」の羽鳥重郎の3人。

 許文龍氏が新井耕吉郎の胸像を制作するきっかけは、2007年秋、台湾中部の人工湖「日月潭」(じつげつたん、「にちげつたん」とも)湖畔の茶業改良場魚池分場に立ち寄り、新井耕吉郎の功績を知ったことによります。許氏は4体の胸像を制作、そのうちの1体をご遺族に贈っていました。

 ご遺族は2009年10月11日、沼田市利根町園原の自宅近くにある墓地の一画を整備して御影石の台座を付け、胸像とともに業績や経緯を記した記念碑を建立しています。

 ところが「近くの道が狭いなど不都合もあり、関係者が移設先を探していた」そうで、胸像と記念碑は墓地から薗原湖畔の園原運動公園(同市利根町園原)に移設され、4月13日に新井の孫にあたる桜井克義さんをはじめ横山公一・沼田市長や萩原忠和・老神温泉観光協会会長など関係者50人ほどが参加して除幕式が行われたそうです。

 読売新聞によると「萩原忠和会長は「『新井耕吉郎顕彰会』を近く設立」することを表明したそうです。また、朝日新聞は「胸像は市に寄贈され、管理は地元関係者や観光協会などで行う」と伝えています。

—————————————————————————————–「台湾紅茶の守護神」像、湖畔に移転 沼田市利根町【朝日新聞:2022年4月17日】https://www.asahi.com/articles/ASQ4J732MQ4FUHNB00H.html

【群馬】「台湾紅茶の守護神」。そう呼ばれる日本人がいる。沼田市利根町園原出身の新井耕吉郎(1904〜46年)。その功績をたたえて台湾から贈られた胸像が薗原湖畔に移設された。「台湾との交流をさらに広げ、癒やしの場所になれば」と関係者は期待している。

 13日には、満開の桜の下で除幕式が開かれた。耕吉郎の子孫や地元関係者ら約50人が参加。台湾の地元行政や紅茶生産に携わる人からのお祝いの動画メッセージが披露され、耕吉郎が育てた紅茶に近い品種のお茶も振る舞われた。

 新井耕吉郎は県立沼田中学校(現・県立沼田高校)を卒業後、北海道帝国大学農学部農学実科に進み、1年間を志願兵として旧日本陸軍で過ごした後、日本の統治下にあった台湾の平鎮茶業試験支所に1926年から助手として勤務した。

 台湾では現地に適した紅茶の品種を調査研究し、台湾中部の湖「日月潭(たん)」の湖畔が紅茶の栽培に適していると確信。台湾の紅茶研究拠点となる魚池紅茶試験支所の開設に参画した。「台湾紅茶」の品質向上のため研究を続けたが、46年に42歳の若さで亡くなった。

 その後、台湾の紅茶生産は廃れたが、99年の台湾大地震で復興策として紅茶が見直され、耕吉郎の功績にも注目が集まった。現地には記念碑や業績の説明板などが設置され、2009年には台湾の実業家・許文龍氏が胸像を四つ作り、うち一つが子孫に贈られた。

 胸像はこれまで、移築された場所から800メートルほど離れた子孫の墓所内に置かれていた。台湾からの見学者もいたが、近くの道が狭いなど不都合もあり、関係者が移設先を探していた。

 安住の地を見つけた胸像は、台湾の方向を向いている。耕吉郎の孫・桜井克義さん(65)は「山と湖に囲まれたこの場所は祖父が研究していた場所に似ていて、ただの偶然とは思えない」と感慨深げ。「紅茶には癒やしのイメージがある。ここも人々の癒やしの場所になれば」と願う。

 胸像は市に寄贈され、管理は地元関係者や観光協会などで行う。老神温泉観光協会の萩原忠和会長は「顕彰会を設立し、耕吉郎の偉業を後世に伝えたい。耕吉郎が作ったお茶で訪れる人をおもてなしすることも考えたい。台湾との交流も進めていければ」と話した。(星井麻紀)

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