「台湾有事」を起こさないために日本人ができること  田中 美帆(台湾ルポライター)

「台湾有事」を起こさないために日本人ができること  田中 美帆(台湾ルポライター)

【Yahoo!ニュース:2022年4月13日】https://news.yahoo.co.jp/byline/tanakamiho/20220413-00291237

◆「帰国したほうがいい」と言われて

 日本の友人から来たメールに、ドキリとした。

「ここ1、2年で中国はきっと台湾に侵攻するから、ご家族連れて帰国したほうがいいと旦那が言ってる」

 台湾まで遊びに来てくれたことのある、長年の友人からのメッセージは、真剣そのものだった。もとより、悪い冗談を言うような人ではない。そんな相手の心配は、筆者の重い腰をあげさせるには十分の内容だった。

 「台湾有事」という語を頻繁に耳にするようになって、ずいぶん経つ。この間、台湾で暮らしながらその事態を知らないわけではなかった。ロシアによるウクライナ侵攻が始まってひと月が過ぎ、「次は台湾」と言われるのも、寝た子を起こされるようで気分のいいものではなかった。だが、友人のメッセージは、そんなどこかぼんやりとした不安と対峙すべき時を告げていた。台湾で暮らすことが、誰かに心配される事態になっている。それは確かなことだった。

 メッセージを受け取ったのとまさに同時期、香港発のドキュメンタリー映画『時代革命』を見た。日本でも公開が決定したと聞くが、起きるとすればあの映像に映し出されるような事態なのかも、と不安の解像度もぐんとあがった。

 映画には、この3年ほどの香港で、民主化と自由を希望する人たちと、それを抑え込みたい政府側による、文字通りの闘いが映し出されていた。身投げして抵抗する人、血まみれになる人、催涙弾を浴びて咳き込む人……あれはいつか私になるのか。まさに「明日はわが身」なのだと急に恐ろしくなった。

 香港やウクライナの話題は、台湾政治を語ることにもつながり、できれば避けておきたかった。心配している友人に、なんと答えればいいのだろう──台湾に暮らす日本人の中には、似たような不安を抱える人がいるかもしれない。台湾に暮らす1人の模索を届けることにした。

◆台湾人の民意調査に見る変化

 言うまでもないが、ウクライナの情勢は、連日台湾でも報道されている。まず、最も身近な台湾人ということで、夫に友人からの心配の声を伝えて、どう感じるか聞いてみた。

「中国が軍事侵攻? それはないよ。だって、台湾がこれまでアメリカからどれだけ戦闘機買ってるか知ってる? いざとなったらアメリカが乗り出す。台湾を失うのがどれほど危険なことかは、アメリカが一番よくわかってるはずだよ」

 昨年10月に行われた台湾人向けの調査結果がある。20歳以上の成人1,075人から回答を得たもので、それによると「中国は台湾に出兵攻撃してくると思うか?(中共是否會出兵攻打台灣)」という問いに対して、否定的な見方をした人は63.3%にのぼり、逆に可能性を感じる回答は28.1%という結果であったという。

 ただ、2019年に行われた同調査と比較すると、この数字はかなり変わっている。

        2019  2021非常にそう思う 5.1   7.0まあそう思う  10.9  10.9意見なし    2.2   3.9あまり思わない 35.0  40.6全く思わない  42.4  23.7(財団法人台湾民意基金会サイトより)

 去年7月、中国北京で行われた中国共産党創立100周年大会(中共建黨100週年大會)を、ライブ配信で初めて観た。日本でも各種報道されたが、習近平共産党総書記(国家主席)が「台湾統一は歴史的任務」と語った、あの演説である。筆者が恐怖を感じたのは、直後の会場の反応だった。前後ではパラパラとした拍手だったのが、この直後、一気に歓声があがり、大きな拍手が全体に波打った。

 先述の民意調査は、その演説や以降の動きも含めて、報道されたあとに行われたものだ。敏感に反応している、と受け止められる。

 もう一つ加えるなら、最近では台湾人の兵役義務期間を延長する議論も起きている。1960年代後半生まれで、50代の夫の頃は2年だった兵役だが、現行では4か月まで短縮されている。それを1年に延長しよう、という議論である。法案修正などもあり、実施は少し先だが、この議論も、中国との関係を感じ取った台湾側の反応と考えていい。

 有事にしろ無事にしろ、問題は、台湾で暮らす日本人にできることはあるのか──そんなことを考えていた矢先に、ひとつのヒントをいただいた。

◆“台湾選挙の神様”による講演会

 3月26日午後、オンラインで講演会が行われた。講師は、東京外国語大学の小笠原欣幸教授だ。テーマは「台湾有事と日台関係」、サブタイトルに「ウクライナ侵攻から見るリスク評価と日本の役割」とある。

 早稲田大学の卒業生を中心とした集まりである日台稲門会が春季講演会として企画したもので、ロシアによるウクライナ侵攻を受け、急遽、予定されていた内容を変更した、とアナウンスされた。全体で約150人が参加していた。大多数は早大出身者やその関係者だが、台湾からも10人ほど参加があったという。

 小笠原氏は、台湾に詳しい人たちの間では「選挙の神様」との呼び名を持つほど、台湾政治に詳しい研究者の1人だ。著書『台湾総統選挙』(晃洋書房)では、実質的に台湾の民主化が始まった1996年の総統選挙から2016年までの6回の選挙を詳細に分析し、的中させてきた研究の成果をまとめている。

 政治の専門家が、現状の国際政治をどう見ているのか、藁にもすがる思いで参加を申し込んだ。

 講演時間は質疑を含めて約2時間。1)ウクライナと台湾:類似と相違、2)ウクライナ戦争の影響と教訓、3)台湾有事シナリオとリスク評価、4)有事を抑止する日本の役割、4部で構成された。

 ウクライナ侵攻がなぜ台湾有事を連想させるのか、ウクライナと台湾の似ている点と違う点を整理したうえで、ロシアという大国による軍事侵攻がどのような影響を及ぼし、またそれによってどのような教訓を得たのか。これら前提条件を整理したのち、「台湾有事」とは具体的にどんな事態を意味し、それに対して日本は何ができるのかについて、提起がなされた。

 小笠原氏のまとめによれば、台湾有事とは「中国軍の大部隊が台湾に上陸し、台湾を占領し台湾政府を降伏させること」あるいは「精密誘導ミサイルで軍事施設を破壊。抵抗能力を奪う。サイバー攻撃で電力・通信・交通など生活インフラを遮断。中国のスパイが入り込んで国軍の舞台に反乱やサボタージ。空挺部隊を台北に降下させ、総統府など政治拠点を制圧。中国の意向に従う政治勢力が臨時人民政府を立ち上げ」る事態を意味する。

 小笠原氏は今回のウクライナ侵攻を「SNS時代の戦争」と位置づけた。たとえば、ロシア側が流す情報を、具体的な証拠によってフェイクであることを知らしめ、国際世論を味方につけている。ロシアの軍事侵攻が始まってひと月になる3月24日、ウクライナのゼレンスキー大統領が日本の国会で行った演説も、その一例だ。台湾はおそらくウクライナ以上に効果的にSNSを使い国際情報戦をリードできる。

 参加者からは、「台湾を支えるために交流を積極化したい」「台湾についてもっと身近に周りで話していきたい」「(「台湾が抵抗しても無駄」や「台湾有事は虚構」というような)無責任な言説に惑わされないよう気をつけたい」といった感想が聞かれた。

◆軍事侵攻抑止のため私たちにできること

 小笠原氏は、中国から台湾への軍事侵攻は難しいため、今日までできないでいるが、「だからといって将来もないと決めてかかってはいけない」と注意を促す。そのうえで、台湾を専門にする学者や研究者、日台の交流に尽力する関係者、あるいは台湾に関して発信している人たちを「私たち」として、次のように述べた。

「私たちが、もっと台湾のことを語ることが、回り道のようではあるけれども、日本の中での台湾認識を高め、『日本は台湾への軍事侵攻を許さない』という世論を形成していく道筋になる」

 この言葉に、筆者は大いに勇気づけられた。求められるのは、日本政府はもとより、個々人の日本人も「軍事侵攻は許さない」と鮮明にすることだろう。

 中国に侵攻してほしい在台日本人など、1人もいない。台湾人と結婚した筆者には、台湾人の夫、義理の家族、そして大勢の友人や仕事仲間がいる。台湾に暮らす友人の中には、台湾人との間に子どもをもつ人もいて、そうした人たちは、さらに深い関係にある。

 「台湾有事」と文字にすればたった4字だ。だが、「台湾有事」と聞いたときに、どうか思い起こしてほしい。文字の向こう側に生きた人がいることを。日本人観光客を迎えていたホテルや台湾料理の店、観光地のスタッフなど、大勢が犠牲になるかもしれない、ということを。日本人が行きたい旅行先は、失われるかもしれないことを。あるいは、台湾生まれの方の故郷や、留学したことのある方、旅行したことのある方の見た人や景色が失われる──そんな事態を誰が望むのか。

 ロシアによるウクライナ侵攻の戦況如何は、「台湾有事」に大きな影響を与える。だが、中国が軍事侵攻を行うかどうかは、誰にもわからない。

 小笠原氏は「中国は少ないコストで台湾統一を実現しようとしている」という。軍事侵攻は、国際的経済的にも代償が大きい。日中ビジネスも大きな代償を払うことになるに違いない。それがどのくらいの打撃になるのか、今から予想も可能なはずだ。その予想が具体的になればなるほど、軍事侵攻の代償の可視化につながり、それが翻って抑止にもなる──小笠原氏はそう指摘する。

 小笠原氏の講演を聞いた後、筆者が決めたのは、まず講演を伝える原稿を書くこと、台湾の人たちのことを伝える原稿を書き続けること、そして夫と改めて話し合うことだ。

 この間に、少なくとも、友人からメッセージを受け取った際に抱いていた漠然とした不安は消えていた。少なくとも、まだやれることはある。あとは、それを精いっぱいやるだけ。

 1人の声は小さくて届かないかもしれない。でも、声が大きくなったら? 踏み込むのはだめだと思われるような声にできれば? まだ軍事侵攻は起きてない。だからこそ、声をあげたい。そして「台湾への軍事侵攻を許さない」と思う人が、1人でも増えることを心の底から願っている。

 なお、小笠原氏の講演の動画は、今もYouTubeで見られる。未見の方、ぜひともご覧いただきたい。

https://www.youtube.com/supported_browsers?next_url=https%3A%2F%2Fwww.youtube.com%2Fwatch%3Fv%3DPk4pUK3y_rg

・小笠原欣幸教授が講演で使用したスライド http://www.tufs.ac.jp/ts/personal/ogasawara/etc/taiwan-ukraine.pdf

※この記事はメルマガ「日台共栄」のバックナンバーです。

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