「台湾外交」根こそぎ奪う中国  矢板 明夫(産経新聞台北支局長)

「台湾外交」根こそぎ奪う中国 正念場、民主国家と連携強化【産経新聞「解読」:2022年2月12日】https://www.sankei.com/article/20220212-MDGRERLXFNLB5DK4KQBCHPMXRM/?661210

 2022年に入り、台湾の外交関係者に最も大きな衝撃を与えたのは、中国の楽玉成外務次官が1月18日、北京でのシンポジウムで発した言葉だった。楽氏は「独立を企てる台湾当局の道は必然的にどんどん狭まり、最後には行き詰まる」と述べた上で、「台湾と外交関係を持つ国がゼロになるのは時間の問題だ」と強調したのだ。

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 その約1カ月前の21年12月、中米ニカラグアが台湾と断交し、中国と国交を樹立した。中国は直後に100万回分の新型コロナウイルスワクチンでニカラグアを支援すると発表した。同国は、台湾で蔡英文政権が発足してからの約6年で断交した8カ国目で、現在、台湾と外交関係を持つのは14カ国だけになった。

 台湾は李登輝時代から、経済支援を通じて外交関係を維持する「金銭外交」を展開してきた。そのため、外交相手国は発展途上の小国が多い。これらの国は、世界保健機関(WHO)の年次総会などの際に「台湾のオブザーバー参加」を連名で提案するなど、台湾の国際機関参加に協力してきた。提案は毎年、中国の反対などで却下されるが、そのたびに世界のメディアが大きく報じ、台湾問題が国際社会で注目されるきっかけとなってきた。

 しかし近年、中国も「金銭外交」を展開するようになり、台湾との間で外交相手国の争奪戦が激しくなった。経済力で中国に対抗できなくなった台湾の外交相手国の数は減少し続けた。台湾当局者は、「国際社会における台湾の存在感が薄くなれば、台湾問題は中国の内政問題にされてしまう」と危惧している。

◆動き出す蔡政権

 中国の外交政策を担う一人でもある楽氏が公開の場で台湾の外交相手国を「ゼロ」にすると述べたことで、台湾は危機感を強めたようだ。発言翌日の1月19日、台湾当局は頼清徳副総統を蔡総統の特使として中米ホンジュラスに派遣し、同月27日の同国大統領就任式に出席させると発表した。蔡政権は即座に友好国固めに動き出した形だ。

 台湾の長年の友好国であるホンジュラスでは、カストロ新大統領が昨年の大統領選期間中「台湾と断交し中国と国交を樹立する」ことを公約に掲げていた。カストロ氏は昨年11月末の当選後は米国の圧力などを受け「台湾との断交」をあまり言わなくなったとはいえ、台湾当局は同氏の真意を測りかねていた。

 台湾の与党、民主進歩党の関係者によると、カストロ氏の就任式に要人を派遣するかどうかについて、当初、蔡政権内では意見が分かれていたという。「特使の出席直後に断交されたら大失態だ」との意見もあったが、最後は蔡氏の意向で「頼氏を派遣する」ことが決まったという。

 頼氏は1月25日、医療用マスクや防疫機材などを「手土産」に、ホンジュラスに向けて出発した。大統領就任式後にカストロ氏と会談し、「これからはさまざまな領域で台湾との協力関係を強化したい」との発言を同氏から引き出した。

 頼氏は会談後、「問題をすべて円満解決した。これからホンジュラスとの関係発展に尽力したい」とうれしそうに語った。

◆米国から後押し

 カストロ氏が「中国と国交を樹立する」との選挙公約を翻意した背景には、台湾側の積極的なアプローチに加え、米国の力も大きいといわれる。頼氏は大統領就任式でハリス米副大統領と接触。台湾メディアによると、ハリス氏はカストロ氏との会談で「台湾と今後も外交関係を維持することを望む」との米国の考えを改めて伝えたという。

 近年、外交、軍事、科学技術などさまざまな分野で米中対立が深まる中、米国は外交分野での台湾への支援を通じて中国の影響力拡大を阻止しようとしている。特に米国が「裏庭」として重視する中南米・カリブには台湾が外交関係を持つ14カ国のうち8カ国が集中しており、中国の接近を強く警戒している。

 米国自体は1979年の断交後、台湾と外交関係を持たないが、同年制定の台湾関係法を通じて台湾に武器供与などの支援を続けてきた。トランプ前政権下の2020年3月には、中国の圧力で台湾と断交する国が拡大するのを防ぐ「台湾同盟国際保護強化イニシアチブ法(通称・TAIPEI法)」が成立し、米政府は台湾との関係見直しを検討する国に対し外交関係のレベル引き下げや停止、軍事的融資を含む支援縮小措置をとる権限を持つ。

 21年1月に発足したバイデン政権は、台湾問題に関して前政権の政策をほぼ踏襲しており、ホンジュラスが台湾との断交に踏み切った場合、米国から経済制裁を受ける可能性がある。

 また、中国の習近平政権は新型コロナワクチン支援をニカラグアとの国交樹立交渉のテコにしたが、その後、国際社会で中国製ワクチンの効果を疑問視する声が高まり、欧米製ワクチンの調達が比較的容易になったこともあり、ホンジュラスが中国と国交を結ぶ緊急性はなくなったとされる。

◆3カ国が断交か

 アフリカ南部エスワティニで台湾の大使を務めた外交評論家、趙麟氏は「ホンジュラス問題は一段落したが、台湾の外交危機はこれからも続く」と話す。趙氏によるとエスワティニ、中米グアテマラ、バチカンの3カ国が今後、台湾と断交する可能性があるという。

 エスワティニはアフリカで唯一中国と国交のない国で、中国の王毅国務委員兼外相は数年前から猛アプローチをかけて「友好の大家族」に加わるよう求めている。経済支援の額で中国と張り合うことができない台湾の頼りはエスワティニ国王のムスワティ3世やその周辺との間で築いてきた良好な人間関係だ。しかし、趙氏は「人間関係によって構築される外交関係は不安定だ」と指摘する。

 カトリックの総本山であるバチカンは台湾が欧州で唯一外交関係を持つ国だ。バチカンは中国と司教任命問題で長年対立してきたが、双方は18年に暫定合意した。バチカンは14億人の人口を抱える中国で信者を増やしたい思いがあり、中国に接近している。欧州メディアは繰り返し、「近く国交を樹立する可能性がある」と報じている。

 一方、グアテマラは中国がホンジュラスの次に力を入れる中米の国で、今は米中と台湾の3者が激しく駆け引きを展開している。

 蔡政権は現在、こうした国々との関係を強化するとともに、米国との緊密な情報交換を通じ、連携して行動している。同時に、外交関係はなくとも、民主主義、人権の尊重といった価値観を共有する国々に積極的にアプローチし、関係強化に力を入れ始めた。「金銭外交」から「価値観外交」にシフトした形だ。

 バルト三国のリトアニア、旧東欧圏のチェコなどがその対象となっている。かつて旧ソ連の影響下にあったこれらの国々は、共産党一党独裁政権に対抗し、民主化運動を通じて自由を手に入れた歴史があった。中国の軍事的圧力を受ける台湾の立場をよく理解しているため、20年から台湾と要人往来を繰り返し、関係を急接近させている。

 リトアニアは昨年11月、首都ビリニュスに「台湾」の名を冠した出先機関「台湾代表処」(大使館に相当)の開設を認めたことで中国の逆鱗(げきりん)に触れた。中国はリトアニアとの外交レベルを引き下げ、経済制裁も開始したが、同国産のワイン、チーズ、チョコレートを大量購入し、応援するキャンペーンが台湾のデパートでは展開されている。

 ある台湾の外交官は「中国とのさまざまな形の外交合戦はこれから本格化する。22年は私たちにとって正念場だ」と話している。

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