蔡氏の求心力低下も…地方選敗北 米欧の信頼影響懸念  矢板 明夫(産経新聞台北支局長)

【産経新聞:2022年11月26日】https://www.sankei.com/article/20221126-FB3N2AJPRJPFTCD7FQKOA6NGJ4/?201193&KAKINMODAL=1&KAKINMODAL=1

 26日に投開票が行われた台湾の統一地方選挙で、蔡英文総統が率いる与党、民主進歩党は中国への対抗を争点化して劣勢を巻き返そうしたが、奏功しなかった。民主主義の価値を重視する蔡氏自身は台湾で一定の支持を維持しているが、今回の大敗により、2024年1月に予定される次期総統選を前に党内での求心力は一気に低下するとみられる。(台北 矢板明夫)

 蔡氏は26日夜、選挙結果を受けて記者会見し、「台湾市民の決定を受け入れる。党主席としてすべての責任を負う」と頭を下げた。その上で「これからは党派を超え、中央と地方が連携し、国民の期待に応えなければならない」と強調した。民進党は選挙戦で、新型コロナウイルス対策や米欧や日本との連携強化などの実績を訴えたが、有権者には物価高など身近な問題への不満が強かった。

 蔡氏は18年の前回統一地方選で大敗したが、20年1月の総統選で史上最高の約817万票を得票したことで、党内で絶大な力を誇ってきた。党内にはいくつかの主要派閥があるが、蔡氏は今回の党公認候補者の選定にあたって「党内の対立を避けるため」として、台北市や桃園市などの主要都市で慣例の予備選挙を行わず、自ら主導して各地の候補者を選んだ。

 この結果、候補者は蔡氏の派閥出身者が多くを占め、他の派閥からは不満の声が上がっていた。蔡氏自らが選んだ民進党候補が大量落選し、蔡氏が責任を回避するのは不可能だった。今後、蔡氏が影響力を低下させれば、次期総統選の候補者選びを主導できず、党内も結束が乱れ、混乱する可能性がある。

 一方、最大野党の中国国民党にとっては、次期総統選に向けて大きな弾みとなる。候補者の擁立で中心的な役割を果たした党主席の朱立倫氏が、自ら総統候補となる可能性も高まる。国民党としては朱氏の下に結束し、政権奪還に向けて蔡政権に対する攻勢を強めていくとみられる。

 統一地方選挙とはいえ、蔡英文政権の民主進歩党の敗北は、統一圧力を高める中国には「屈しない」と発信してきた台湾に対する米欧などの信頼に、影響を及ぼしかねないとの懸念も台湾内で出ている。

 中国の習近平政権は近年、蔡政権を「独立分子」と見なし、軍事的圧力を高めてきた。8月のペロシ米下院議長の訪台後には台湾周辺で大規模な軍事演習を実施。蔡政権はこれに対して、民主主義の価値を重視する姿勢を前面に掲げて、議員間交流も含め、米欧や日本との関係強化に尽力してきた。

 今回の統一地方選挙でも蔡氏は争点を外交・安全保障に広げ、「自由と民主主義を守る」と有権者に訴えた。10月には中国共産党大会で習氏が台湾統一を「必ず実現しなければならない」と述べ、武力行使も辞さない姿勢を改めて示したばかり。それだけに民進党の選挙敗北によって、台湾の民意が「中国の圧力に屈した」との印象を国際社会に与えることは懸案だ。

 ある民進党幹部は「欧米や日本は台湾を応援するために中国と対抗する構えを見せている。だが、台湾の有権者が選挙で親中派を選んだと受け止められて、国際社会の台湾支援の輪が小さくなることが心配だ」と話す。

 一方、最大野党の中国国民党は今回の選挙では、市民生活の向上を最重要課題に位置付け、対中政策を含む外交・安全保障の議論を避けてきた。だが、同党は親中的とされ、長年、中国との関係改善を主張してきている。中国も蔡氏の求心力低下を好機とみれば、国民党との関係強化などを通じ、台湾内部の切り崩しを強めてくる可能性がある。

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