「アタマコンクリー」台湾に残る日本語由来の言葉  河崎 真澄(産経新聞論説委員)

「アタマコンクリー」台湾に残る日本語由来の言葉  河崎 真澄(産経新聞論説委員)

 1895年から1945年に至る日本統治時代を経た台湾には、未だに日本語が残っている。残っているというより、台湾の人々がいまでも日常会話で使っている日本語に由来する台湾の言葉だ。

 李登輝学校研修団で訪台したおり、参加者の一人に腰痛が出て歩けないほどになり、近くにあった雑貨屋で薬も扱っていたので、なにか湿布薬はないかと尋ねると、60がらみのおばさんが日本語で「サロンパスあるよ」と言う。そこで、それを求めると、サロンパスではない、台湾メーカーの湿布薬だった。

 台湾に詳しい参加者から「台湾では湿布薬のことはみな『サロンパス』というんですよ」と教えられた。

 日本語に由来する台湾の言葉は、例えば黄英甫・傳田晴久著『台湾の北京語』(成大出版社、2018年)や片倉佳史著『台湾に生きている「日本」』(祥伝社新書、2009年)などにかなり収録されている。

 特に片倉氏の本では「台湾の言葉となった日本語」に一章を割いて紹介し、50音別に辞典として紹介もしている。この本を初めて読んだとき、これほどあることに驚かされた。言語の収集には時間がかかる。片倉氏のその努力に頭が下がった。

 産経新聞論説委員の河崎真澄記者が「台湾に残る日本語由来の言葉」を紹介している。こちらは、友愛会の張文芳代表が作成した「台湾語化した日本語」から紹介している。

 なお、友愛会ではこれまで『友愛』という日本語による会誌を15号まで出しており、本会では全冊を取り扱っています。お求めは下記からお願いします。

◆台湾・友愛会『友愛』お申し込みフォーム https://mailform.mface.jp/frms/ritoukijapan/hevw09gfk1vr

—————————————————————————————–「アタマコンクリー」台湾に残る日本語由来の言葉 河崎 真澄(産経新聞論説委員兼特別記者)【産経新聞「河崎真澄の中台両岸特派員」:2021年10月12日】https://www.sankei.com/article/20211012-ZC5Y6A46ERO5PHBUTQ56ETHNZU/?742430

 1945年まで50年にわたって日本統治下にあった台湾では、日本語の影響を受けた言葉が、いまなお生活に息づいている。日本語の意味でそのまま使われている言葉や微妙にニュアンスが変わった言葉など、さまざまだ。若い台湾人は日本語由来とは知らず、地元の言葉だと信じて使う例も多いようだ。戦前生まれの台湾人を中心に、台北市内で日本語の勉強会を続けている「友愛会」の張文芳代表(昭和4年生まれ)が作成した資料「台湾語化した日本語」をひもといた。

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 かつて台北支局長を務めていた時期、テレビで立法院(国会に相当)の中継を見ていて思わず吹き出した。野党のある女性議員が壇上で拳を振り上げて、「内政部(内務省)はアタマコンクリーではないか!」と、大まじめで当局者を批判したからだ。

 日本語としてはもはや死語に近い「頭コンクリ」だが、日本統治時代からの影響で、台湾では日常語の一部になっている。

 張氏によれば、「コンクリー」は意味を当てる「混凝土」や音を当てる「空固力」という漢字表記があるが、「アタマ」は当て字が見あたらない。「あの人はアタマ混凝土」とでもいえば、「あいつは石頭だ」というけなしことばになる。

 似た用法で「アタマショート」もある。電気回路のショートという外来語が混じり、「ばかげている」というほどの意味になる。

 相手のバカさ加減をなじるとき、「アタアタ」ということがあるが、「アタマコンクリー」と「アタマショート」から「アタ」だけ取ったように思える。右手の人さし指と中指をこめかみに当てて、「アタアタ」と言いながら指を動かすジェスチャーが台湾的表現だ。

 外来語では「トマト」「ネクタイ」「アクセル」「バックミラー」などなど、日本語風の発音でそのまま使われ続けている単語も多い。日本が統治する以前の台湾には、なかった物の名称の名残だ。

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 こうした言語の影響について張氏は、「日本が台湾を統治した50年間は短くない。日本語が台湾人の生活に溶け込んだのは当然の成り行きだった」としている。ただ、時間の流れから用法は変化した。さらに、台湾でも日本語由来の言葉が通じない場所が存在する。

 台湾当局が実効支配下に置く中国福建省沿岸の離島、金門島や馬祖島と、その周辺の小さな島々だ。これらの離島は日本に統治された歴史がなく、日本語の影響をほぼ受けなかった。

 一方、台湾本島で日常的に使う地場の?南語(びんなんご)など福建系の言葉は離島も共通しており、北京語を使わなくても、そのまま意思疎通ができる。

 ?介石率いる中国国民党とともに、終戦後、中国大陸から台湾に渡ってきた「外省人」と呼ばれる人々は、?南語など地場の言葉はまず話せず、まして日本語由来の言葉も知らなかった。

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 ただ、外省人も2世、3世となってくると、台湾化が進み、言語も融合してきたようだ。外省系の若者と話していると時折、「キーモ」「テンプラ」「ダイジョブ」など、日本語風の単語が混じって聞こえる。

 張氏は「キーモ」は気持ち、気分を表し「奇摩」の当て字があると話す。「奇摩好」といえば「気持ちいい」ということになるのだという。面白いことに、台湾でヤフーのトップページは「Yahoo奇摩」と名付けられている。若者の間で違和感はないようだ。

 日本でも東日本の人がイメージする「天ぷら」とはだいぶ異なる食べ物が「テンプラ」だ。さつま揚げなどを西日本で「天ぷら」と呼ぶが、そのさつま揚げなどを、おでんのように煮込んで、やや甘い味付けをしたのが「テンプラ」と台湾で呼ばれることが多い。

 大丈夫は、そのまま通じるが、台湾人の発音では「ライジョブ」に聞こえるところが楽しい。飲料のブランドとして「DJB大丈夫元気補給飲料」との商品が売り出されたこともあると張氏はいう。「DJB」がダイジョブだ。

 さらに楽しいのが「アナタ」。「阿娜他」との当て字がある。女性の知人の夫や彼氏を指すときに、例えば「楊小姐的アナタ(楊さんのご主人、彼氏)」という。年月を経てニュアンスが微妙に変化してきた。

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 ほかにも台湾の若者が日本語由来とあまり気づいていないと思われるのが「ウドン」や「ミソ」など、小さいころから食卓に乗っていた食べ物だ。みそ汁の場合、「ミソ」と発音し、そこに北京語でスープを意味する「湯(タン)」をつけて「ミソタン」という。

 さらに年配の男女や、友人の両親を「オジサン(欧吉桑)」「オバサン(欧巴桑)」と呼んだり、「トーサン(多桑)」と父親を呼んだりする。生活に根ざした日常言葉が、世代を超えて引き継がれてきた。

 日本人にとってありがたいのは、台湾の若者の多くが、使っていた言葉が日本語由来だったと分かったとき、うれしそうな顔をして使い続けてくれること。

 日本由来の文化をどこか邪悪なもののように扱う人々と、ずいぶん違う。日本人も一方通行ではなく、もっと台湾の人々の言葉や習慣を学ぶ努力をしたい。

(論説委員兼特別記者)

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