――英国殖民地だった頃・・・香港での日々(香港200)
主人公の玉蘭は、水不足に悩まされ続ける砂漠の一寒村の住人・望泉の許に20数年前に嫁いできた。砂漠を稔り豊かな緑の大地に改造し、水不足に悩むことのない村作りに悪戦苦闘した末に斃れた岳父と夫の固い意志を受け継ぎ、彼女は村人と共に10数年の「倦まず休まず怠らず、苦労に苦労を重ねながらも粘り強く頑張り抜く奮闘精神」を持ち続ける。
やがて政府による貧困脱出政策の支援を得て、広大な砂漠を緑豊かな大地へと変貌させた。成長した子供は大学で林業を学び、祖父と父、それに母が歩んだ苦難の道を志す。
やはり母親は、もの凄く勁いのである。
2020年12月号は、中国政府(文化和旅游部)は「習近平総書記の文芸工作に関する一連の重要講話の精神を確実に貫徹し、中国共産党成立100周年祝賀舞台芸術創作工作をより高いレベルで推し進めるため」、2020年10月30日に新作、古典、小品のうちから各々100本を選びだし、「重点推奨作品」として発表した――と報じる。じつは、ここでも母親を主人公にした演目が選ばれている。
たとえば新編歴史劇「文明太后」の主人公は、鮮卑族の拓抜氏によって打ち立てられた北魏(386~534年)において、富国強兵、中国北部の安定と民族融和を推し進める一連の改革を孝文帝と共に推し進めた文明太后馮氏である。かくして「文明太后」を通じて、「中国統一を促し、後の隋・唐と続く中華帝国における民族融合の礎となった」と、彼女の治政を高く讃えようというのだ。
もちろん「楊門女将」も「重点推奨作品」である。
2021年に入ると、英雄的な働きをみせる母親像を描いた新作に力点を置いた特集が組まれ、彼女らの愛国的行動と共産党への忠誠心の気高さが一層強く打ち出される。
同誌2021年8月号の特集は、今から1600年ほど昔の東晋時代の襄陽(現在の湖北省襄陽)を巡る攻防を背景にした新作歴史京劇「夫人城」だった。
前秦の苻丕軍の猛攻を前に、襄陽の城市(まち)は陥落一歩手前。男子はすべて前線に出陣し、残された家族は恐怖に慄くばかり。その時、襄陽の最高責任者の母親である韓太夫人は高齢の身をも顧みず、婦女子を率いて堅固な城壁を築いて住民を守る一方、軍装に身を固めて兵を率いて戦場に赴き、ついに敵を殲滅したというのだ。
同誌8月号は、「夫人城」を「強きを恃み弱きを挫くことに反対する中華民族本来の姿を反映している。平和を維持し国土を防衛するために犠牲を厭わず、強暴な敵にたじろがず、覇権を恐れず、敢えて弱きを以て強きに打ち勝つ。この物語は悠久の歴史的意義と大きな時代的価値を備えている」と評価した上で、韓太夫人を「大忠、大愛、大智、大勇」の人であり、「覇権を恐れず、敢えて犠牲をものともせず、平和を維持する崇高な愛国主義精神を推し広げ、平和・発展・公平・正義・民主・自由の全人類共同の価値を体現している」と大絶賛した。さて東晋時代に「全人類共同の価値」が実現されたとも思えないが。
やけにヨイショが過ぎると鼻白むばかり。ともかくも大袈裟が過ぎる。この種の大仰な物言いが中国的修辞法の特徴と言うものだが、それはさて置き、「平和・発展・公平・正義・民主・自由の全人類共同の価値」は、新型コロナ禍発生以後の習近平政権が掲げる外交方針にピッタリと重なってしまう辺りが、やはり気になってしまう。
韓太夫人を「大忠、大愛、大智、大勇」の人であり、「覇権を恐れず、敢えて犠牲をものともせず、平和を維持する崇高な愛国主義精神を推し広げ、平和・発展・公平・正義・民主・自由の全人類共同の価値を体現している」とは、どうにも牽強付会が過ぎる。
それにしても「強きを恃み弱きを挫く」ことをウイグル、チベット、香港、台湾の現実が如実に物語っていると思いますが、それって「中華民族本来の姿」ですかネェ。《QED》