――英国殖民地だった頃・・・香港での日々(香港187)

【知道中国 2305回】                      二一・十二・仲二

――英国殖民地だった頃・・・香港での日々(香港187)

「武家坡」の次は「大登殿」だった。

薛平貴は18年に亘る異民族討伐の戦いの渦中で、異民族の王女である代戦公主と結婚していた。王宝釧の父親の王允は唐朝の最高実力者。帝位の簒奪を企て、帰還した薛平貴を自らの陰謀成就における最大の障害と見なし暗殺を謀る。あわや、といった場面を代戦公主の手助けで乗り切った薛平貴は反撃に転じたものの、王宝釧の必死の説得を受け入れ岳父・王允の斬死を取り止める。王宝釧に代戦公主、それに王夫人に王允を加え一家を挙げてメデタシめでたしの大団円。重婚が肯定され、異民族との融和も顔を覗かせる。

異民族との戦いで捕虜となりながら異民族の公主と結婚した後、元の漢族夫人との2つの家族を持つ。京劇では漢族と異民族の2人の妻との円満な生活を描いている演目が往々にして見られる。この点、過剰な漢族至上主義との兼ね合いはどうなっているのか。やや突飛ながら、「中華民族の偉大な復興」という観点からの考察も必要だと思うのだが。

主役の薛平貴は何柏青が、王宝釧は李恵珠が、代戦公主は恵英萍が、王夫人は姜振亭が演じた。何は春秋戯劇学校の生徒ではなく大人の役者だった。この公演のために、台湾辺りから招聘したのかもしれない。李恵珠は旦(おやま)としては王雪燕に次ぐ立場だったが、王雪燕ほどには華がなかった。それゆえ専ら貞淑の妻や薄幸の乙女を演じていたように記憶する。恵英萍は美形だったが喉に難があり、唱はイマイチ。旦のうちで立ち回りを専門とする役どころの刀馬旦を専ら務めていた。

老女の王夫人を演じる姜振亭は第六劇場では、隈取りを施した?を演ずることが多かった。大柄な体躯で厳つい顔つき、加えて胴間声。それだけに男の生徒が演ずる?を遙かに超えた迫力があり、「鳳儀亭」の董卓、「捉放曹」の曹操など、その見事なまでに憎々しげな演技は見応えがあった。時に「ワタシは女、はて男。結局どっち」とアドリブを口にしては客席をドッと笑いの渦に巻き込むなど、女丑(どうけ)も演ずる器用な役者だった。

最後の演目は「青石山」である。

青石山の風魔洞に棲みつく九尾妖狐が美女に化け、若くステキな周従綸を誘惑する。周の母親は息子の危機を救うべく法官・王半仙に妖怪退治を願ったものの、半仙の名前が示すように中途半端な法術では千年余の修練を積んだ九尾妖狐に翻弄されるばかり。これは敵わないと考えた王は師である呂洞賓の加勢を求める。呂が護符を焚いて天界に祈るや、関羽・関平・周倉が降臨し、ついに九尾妖狐を退治する。

荒唐無稽の妖怪譚だが、皇都大戯院での特別公演に相応しく、春秋戯劇学校の生徒全員が舞台を飛び跳ねるなど、ハデな立ち回りが次々に繰り出される。舞台も客席も一緒になって盛り上がったものだ。主役の九尾妖狐は恵英萍が、呂洞賓は王金声が、関羽は王大為が、関平は董雲?が、周倉は陸慶平が演じた。

王大為は生徒の中では一番の年嵩で20代後半だったと見た。体はデカいし顔も悪くないが、喉がダメ。立ち回りはぎこちなく、演技はトチる。こうなったら京劇役者としては使いモノにならない。そこで第六劇場の舞台の袖で生徒の演技を見続ける粉菊花校長から演技中であっても厳しく叱責され、時に客の目の前で叩かれる。だが舞台に立つしかない。

ある夜、12時近かったような。友人と連れだって尖沙咀の春秋戯劇学校近くにあった小さなホテルのバーへ。もちろん飲み直し。すると彼が背を丸めカウンターに覆い被さるようにして1人ビールを飲んでいた。第六劇場での粉菊花校長からの叱責の場面を思い出し、「先日は大変でしたね」と。ポケットに手を入れると、些か余裕が。そこでバーテンに「王さんの代金はこっちで」と。こっちを向いた寂しげな顔が暫し崩れる。一寸したタニマチ気分を味わった次第。彼が漂わせるダメ役者の悲哀を、時に懐かしく思い出す。《QED》


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