――英国殖民地だった頃・・・香港での日々(香港115)
茘園全体を覆っていたもの。あれは、香港庶民の日常生活が漂わせていた突き抜けたバカバカしさではなかったか。
先ず競馬ゲームだが、実際に生きた馬が走るわけではない。競馬場とは言うものの、全長が2×0.7mほどの斜めに置かれた板に過ぎない。高低差は30cmほどだった。
最上段に設えられた6つほどの仕切りが発馬機になる。発馬機のそれぞれで、大人の握りこぶし大で色分けされた手作りのオモチャの馬が出走を待つ。板の一方の端には馬と同じ色に塗り分けられた皿が置かれ、客はお目当ての馬の色の皿に賭け金を入れる。大人も子供も自由に賭けられるが、最高が1ドル(日本円で約65円)で最低が10セント。10セント客が多かったように覚えている。
各々の皿に賭け金が置かれ、客が張り終わった頃を見計らってベルが鳴らされる。リーンの音を合図に発馬機の扉が一斉に開くと各馬が飛び出し、下り勾配の板をゴール目指して駆け下るわけだ。とはいえ、当然のことだが馬は自力では動かない。競馬場に見立てた板が上下左右に小刻みに振動する仕掛けで馬は動くことになる。ゴールの手間には障害物があり、無事にすり抜けるとゴール・イン。同じ条件なのに、坂の途中やらゴール直前で?倒する馬があるから不思議だ。
1着に張った客への配当金は皿に入れたと同じ金額だった・・・ような。1ドル張れば手許には2ドル。負けた馬に張られた金額は没収で、すべてが胴元の懐へ。
たまに1着を当てたオッサン、オバちゃんなどが「我が勝利のヒケツ」を聞く人がいようがいまいが大声でまくし立て、あるいはオセッカイが着順を滔々と予想してくれる。その剣幕がじつにオカシイから耳を傾けるが、そう簡単に1着を当てられない仕掛けになっている。それというのも競馬場の板を動かし始めて少しすると、胴元がゴールの皿にチラッと目をやる。すると板の振動が微妙に変わり、いつの間にか一番人気は転倒し、賭け金の一番少ない馬が1着でゴール・・・と言ったカラクリ。そのバカバカしさは天下一品。
この上なく他愛はないが、老若男女の射幸心を“生活破綻しない程度”に心地よく刺激するのだろう。客が途切れることはない。だから、園内には何か所も競馬ゲーム場が設けられている。やはり香港の庶民の生態を観察するには最高のゲームだった。
まさに競馬ゲームを知らずして茘園を語る勿れ、茘園を満喫してから死ね――「日光を見ずして結構と言う勿れ」「ナポリを見てから死ね」に優るとも劣らない格言だと思う。ただし、香港限定であることはもちろんではあるが。
競馬ゲームの次に人気があったのがタイルを使った投げ銭ゲームだった。
高さ1mほどで直径が3mほどの平らなドーナッツ状の板張りの台の真ん中が空いていて、そこに長さ1.5mほどの細い竹竿を持つお姉さんが立つ。彼女を中心に台上に10�四方ほどのタイルが上下左右3�ほどの間隔でびっしりと敷かれている。
客はお姉さんが指示する場所に立ち、手にした1毫(ヤッホー=10セントコイン)をタイルに向かって投げる。それがタイル上に無事に乗っかって止まれば、景品の定価50セントのガムがもらえる仕掛け。まさに超ローテクで、ホッコリ感がたまらない。
見た目は簡単だが至難。それというのもタイルの表面が極めて滑り易く、狙ったタイルの上にピタリとは止まらない。90%超のコインはタイル上を滑った挙句にタイルとタイルの間の3�幅にポトリ。幸運にもタイル上に止まりそうになると、お姉さんが手にした竹竿を伸ばし、手練の早業でコインを3�幅に誘導してしまう。かくて3�幅に落ちたコインはお姉さんの手で?き集められ胴元の懐へ。でも客は絶えない。だから不思議。《QED》