――習近平少年の読書遍歴・・・“あの世代”を育てた書籍(習1)
1957年6月8日、毛沢東は『人民日報』に「これはなぜか」と題した論文を発表し、後の中国に癒やし難い禍根を残した反右派闘争の始まりを宣言した。それから2か月ほどが過ぎた同年8月、北京にある中国少年児童出版社は『学前児童文芸叢書 美麗的樹葉』(肖淑芳絵図、学前児童文芸叢書編委会)と題する絵本を出版している。「学前児童」と銘打っているところからして、小学校入学を前にした児童向けの絵本だろう。
タテが25.5cmでヨコが21cm。10頁しかない薄っぺらの絵本だが、ここに習近平の“心の故郷”が潜んでいるように思えてくる。
頁を繰ってみると見開き2頁の一方に春から秋への麗しい自然の長閑な風景が描かれ、その絵に相応しい詩がもう一方の頁に記されている。
詩は「春天(はる)」、「小鳥飛(小鳥が飛ぶ)」、「?蟻(アリ)」、「小小鴨(可愛いアヒル)」、「美麗的樹葉(美しい木の葉)」と並んでいるが、とりわけ「小鳥飛」が興味深い。
草むらには健康そうな男女の子どもが2人座っている。丸々と太って、小洒落た服装で、男の子は赤いリンゴを、女の子は青いリンゴを抱いて空を見上げる。草むらでは蝶が花と戯れ、上空では小鳥が乱舞する――この絵に添えられた「小鳥飛」は、こう詠まれている。
小鳥飛、小鳥飛、
?要飛到?里去?
請?飛到我這里、
有件事児求求?:
媽媽給我個大苹果、
請?帯給毛主席。
おそらく「学前」の子どもたちは、この絵を見ながら、声を上げて「小鳥飛」を読んだだろう。
「シアオニアオ フェイ、シアオニアオ フェイ/ニーヤオフェイタオ ナーリーチュイ?/チン ニー フェイタオ ウォーチョーリー/ヨウチエンシァル チューチューニー/マーマ ゲイウォーゴ ターピンググオ/チン ニー タイゲイ マオジューシー」
カタカナでは漢字音を正しく表記できないが、それでも調子の良さは伝わるだろう。調子がいいから覚え易く、「学前」の子どもたちの柔らかい脳には音と共に意味がしっかりと記憶されたに違いない。
「小鳥よ、小鳥、小鳥さん、あなたはどこに飛んでくの? どうかこちらに飛んできて、ボクのお願い聞いてよね。母さんくれた大きなリンゴ、どうか毛主席に届けてね」
大好きで大事な「母さんがくれた大きなリンゴ」だが、自分は食べずに我慢して「どうか毛主席に届けてね」と言わせることで、「学前」の子どもにとって「毛主席」の存在の大きさ、偉大さを記憶させようとする――こんな大人の側の意図が『学前児童文芸叢書 美麗的樹葉』から読み取れるのだが。
薄っぺらな絵本とは言え、共産党完全統制のメデイアだ。企画から出版までを短期間に行えるはずもない。ならば『学前児童文芸叢書 美麗的樹葉』は毛沢東による反右派闘争宣言以前に企画されていたと考えるのが常識だろう。この絵本を「学前」の子どもに向けた毛沢東神格化の第一歩と捉えるなら、毛沢東は反右派闘争以前に「毛沢東のよい子」を育て、将来に備えていたと考えられる。この当時の「学前児童」が後の紅衛兵世代だ。
習近平は1953年6月の生まれだから、『学前児童文芸叢書 美麗的樹葉』の出版時は4歳になったばかり。ならば「シアオニアオ フェイ、シアオニアオ フェイ・・・マオジューシー」と声を限りに読んでいたと想像しても、強ち不思議ではないはずだが。《QED》