――習近平少年の読書遍歴・・・“あの世代”を育てた書籍(習50)

【知道中国 2384回】                       二二・六・念五

――習近平少年の読書遍歴・・・“あの世代”を育てた書籍(習50)

いま共産党の権力をめぐって「習降李昇」の4文字が取り沙汰されている。厳格なゼロコロナ対策で経済を冷え込ませた習近平に代わって李克強の進める合理的経済政策が密かに支持を集め、これに習近平の権力膨張を好まない江沢民、朱鎔基、胡錦濤などの長老連が同調することで、世評では「既定の路線」と見なされていた今秋の第20回共産党大会における習政権3期目が揺らぎ始めた、あるいは破綻する。少なくともスンナリとは3期目を迎えることはないだろう――というのだ。

これまでも権力交代期には多くの観測・解説の類が“出所不明”のままに伝えられはしたが、振り返ってみるに、そのどれもが噂の域から大きく飛び出すことはなかった。

社会主義化をめぐって「急進・過激VS漸進・穏健」で争った毛沢東対劉少奇、米ソ両超大国をめぐって「対米対話VS対ソ協調」で対立した(とされる)毛沢東対林彪、毛沢東路線の「抜本的方向転換VS全面的継承」を争った鄧小平対華国鋒――これまでみられた主な対立を振り返るなら、合理的な政策が必ずしも勝利したわけではない。

権力闘争の勝敗を決した最大の要因は、やはり権力に対する執念であり狂気だったはず。

毛沢東と劉少奇、毛沢東と林彪、鄧小平と華国鋒の対立を時系列で追ってみると、権力闘争の根底を流れる政策的対立は三者三様に異なっていて並列化して判断することは難しい。だが、3つの権力闘争の帰趨から判断するなら、勝者の側の執念・狂気が敗者のそれを遙かに上回っていたことを指摘しておいても、強ち間違いはないだろう。

劉少奇の場合、毛沢東が強行した大躍進政策の混乱を収拾し経済を安定軌道に乗せたことで国民的支持が集まっているはず。そこで「毛降劉昇」との慢心と油断があった。そこを、毛沢東は密かに、徹底して衝いたのである。

65年に入ると、先ず江青が動き出す。上海で後に「四人組」として手を握ることになる張春橋、姚文元に文革開始の号砲となったとされる論文「新編歴史劇『海瑞罷官』を評す」の執筆を命ずる。1月半ば、毛沢東は「党内の実権派」に対する闘争を宣言する一方、側近の陳伯達に社会主義運動の目的が劉少奇失脚にあることを示唆した。

4月以降、江青を中心に毛沢東思想を称える革命現代京劇を全面的に推奨する。9月、林彪が論文「人民戦争勝利万歳」を発表し毛沢東思想に基づく「自力更生」による対米方針を打ち出し、劉少奇派の主張する「反米統一戦線結成」論を批判した。一方、毛沢東は早くも「党中央に修正主義が見られる」と危険性を指摘している。

10月には毛沢東の検閲を経た論文「新編歴史劇『海瑞罷官』を評す」が公表され、11月には林彪が「軍隊建設のための百年大計」を発表し、人民解放軍による毛沢東思想の「活学活用」が打ち出される。

まさに着々と文革に向けた舞台が整えられているにもかかわらず、劉少奇は毛沢東の真意を測りかね、モタモタするばかり。いや舐めきっていた、と言っておこうか。

こんな毛沢東派の動きを象徴するのが、14歳の号手(ラッパ卒)である于魯紅を主人公にした絵本『雪山上的号手』(趙鷔・秦大虎 上海人民出版社)だろう。

彼は毎日、ラッパを金ぴかに磨き上げ、柄のところに赤い布を結びつけ、そいつを背中に威風堂々と行軍し、全身全霊を革命のために捧げ、勇猛果敢に戦闘に参加してきた。そこで兵士たちは親しげに于魯紅を「小号手(小さなラッパ卒)」と呼ぶ。

 大難関の大雪山越えを前に、長征部隊は小休止し陣容を整える。冷えた体を芯から暖めるため、于魯紅は近在の村で厳寒の行軍に必需品の唐辛子と焼酎を調達。「大雪山は豪雪に強風。空気は希薄。だが革命的英雄主義を発揮し、団結して闘い困難を克服し、勝利のうちに踏破しよう」と、部隊長が気合いを入れる。毛沢東思想で・・・気合いダ~ッ!《QED》


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