――「支那人は巨人の巨腕に抱き込まるゝを厭はずして・・・」――中野(20)中野正剛『我が觀たる滿鮮』(政�社 大正四年)

【知道中国 1764回】                       一八・七・念三

――「支那人は巨人の巨腕に抱き込まるゝを厭はずして・・・」――中野(20)

中野正剛『我が觀たる滿鮮』(政�社 大正四年)

 中野の説くように「滿鐵及び滿鐵附屬地は我國に取りては滿洲の全部」とはいえ、実態的には「關東州を除きては、僅かに數條の滿洲鐵道あるのみ」。だが、「最近に支那が内蒙古及び、之に接近せる地域」を次々に開放している。ならば「�々國家に代りて我國民の發展を誘導すべき重責を課せられた」る満鉄は、これら開放地域との間に路線建設につとめるべきだ。なんにせよ「鐵道の尻切れ」は意味をなさない。満鉄は内蒙古への発展を策す一方で南下して北京・天津を抑え、外蒙古方面からのロシアの進出を牽制することによって「攻勢的經濟經營」を展開できるのである。

 「斯く新に開放せられたる各地は、一として我が勢力範圍たる南滿及び内蒙と重要の關係を有」していないわけだはない。そのうえに「滿洲に於る我唯一の經濟的策源地が、彼の南滿鐵道なるを思へば滿鐵會社の重責」は極めて重い。

 南下するロシアと日本とを武力衝突させ、両者の均衡を図ることで中国本土の安全を図ろうとするのが袁世凱政権の一貫した近隣外交だと指摘した後、「外蒙を把握したる露國が、漸々内蒙を壓せんとするに至りし今日に於ても、日本は猶日露協約を信頼して、彼に南侵の意あるを疑はず」。だから袁世凱の狙った日露衝突は起きそうにない。そこで袁世凱は次の一手を打った。「蒙古の一部を開放して列國を誘」い込み、ロシアを抑え日本を関東州と満鉄附属地に逼塞させようというのだ。

 日本としては、これを好機に開放地まで鉄道を延伸させるべきだ。だが「蠢爾として進まざること從前の如」しでは、「我勢力範圍の實權は、他の獨逸、英國、米國の如き經濟的實力によりて奪ひ去らるゝを覺悟せざる可からざるなり。要するに今回の蒙古一部開放は、支那が露國を懼れ、日本を憚るが故に決行せしものなり」。

 「日露協約を信頼して、彼に南侵の意あるを疑はず」「蠢爾として進まざること從前の如」「我勢力範圍の實權は、他の獨逸、英國、米國の如き經濟的實力によりて奪ひ去らるゝ」「支那が露國を懼れ、日本を憚る」などという中野の見解を並べて見ると、今日まで続く日本の対中・対ロ(ソ連)政策の軌跡を暗示しているようだ。どうやら日本外交は、一貫して失敗から学んでこなかったということか。

 中野の主張は満州に止まってはいない。日本も門戸開放・機会均等を掲げるわけだから、袁世凱政権による開放を欧米列国のために喜ぶと同時に、この際、日本は「此等開放地に實力を入れ」、ロシアに外蒙の、英国にチベットの開放を逼るべきだ。そこまで踏み切らない限り、「我國は列國と支那外藩に於て、經濟的實力を角する」ことなど不可能だ。「滿洲より蒙古に向ひて」、我が国が経済進出するための使命の「殆ど過半滿鐵會社の上にあ」るわけだから、「特許殖民會社の性質」を存分に発揮させなければならない。

 日本の将来にかかわる大いなる使命を担っているにもかかわらず、「我滿蒙經營にして毫も進むことなからん」ばかりか、「特許殖民會社の性質」に胡坐をかいて民業を圧迫する始末であり、いまや満鉄は「弊政の中心」になり果てている。

「進んで蒙古方面にまで經濟的發展をなさゞる可からざるの時運に際會せ」るこの時期に、「特許殖民會社」の根本に立ち返り、満蒙・中国本部はもとより、「外蒙、西蔵に進み、翻つて直隷を相通ずべきは、今日我國民の忘る可からざる所にして、滿鐵は實に其誘導の責任を免るゝ能はざるなり」。まさに満鉄とは「我無能なる外交の缺漏を補ふべく�々巧妙なる活動をなすべきに非ずや」。だが、「我國の植民政策は、周到なる研究と、敏捷にして巧妙なる手段とを缺き」、タテマエに拘泥こそすれ「實に官僚式を其儘なりと云ふを得べし」。「我無能なる外交の缺漏を補ふ」に「實に官僚式を其儘なり」では・・・暗澹。《QED》


投稿日

カテゴリー:

投稿者:

タグ: