――「ポケット論語をストーブに焼べて・・・」(橘40)橘樸「中國人の國家觀念」(昭和2年/『橘樸著作集 第一巻』勁草書房 昭和41年)

【知道中国 2079回】                       二〇・五・廿

――「ポケット論語をストーブに焼べて・・・」(橘40)

橘樸「中國人の國家觀念」(昭和2年/『橘樸著作集 第一巻』勁草書房 昭和41年)

ダメの典型例として少数民族問題を取り上げておきたい。

共産党の目指す新国家は西蔵、蒙古、新疆、�海等の地方を含むが、これらの地方は「各該地方民族の自決に依る」と、党綱領の規定をそのまま信じ、「特に新疆を擧げたのは該地方が回�民族の居住地だからであらう」。「又西蔵及び蒙古に民族自決主義を適用すれば、彼等は恐らく中國から離れて獨立する事を要求するであろうと懸念する者もあらうが、之はソヴェート・ロシアの先例から見ても恐らく杞憂に過ぎない」とした後、言い換えれば「第一革命以來の傳統なる『五族共和』の理想は同時に共産黨の希望する新國家の地域的範圍を決定する要素とならう」と記した。

ここまで読み進んで来て、正直に言ってぶっ魂消た。「五族共和」が「第一革命」、つまり辛亥革命から続く「理想」だと言うが、はたして橘は正気なのか。

日本人は「五族共和」を「五族」が平等の立場で「共和」すると理解するが、それは漢族に対するどうしようもなく甘すぎる認識に起因する大誤解だ。漢族が頂点に立ち他を睥睨し、「五族」の全体を共産党が独裁する――これが共産党が掲げる「五族共和」の本旨だ。だから「各該地方民族の自決に依る」ことを許すわけはない。橘は「ソヴェート・ロシアの先例」から「各該地方民族の自決」と説くが、どのような事実を指しているのか。

どうやら橘は共産党政治の内実を仔細に把握することもせず、彼らが掲げるバラ色の政治宣伝文書を鵜呑みにしていたのではないか。そうでも考えない限り、共産党綱領に対する、このようにノー天気な考えが生まれるわけがないはずだ。これでは共産主義に憧れた挙句に人生の階段を転げ落ちるトンチンカンな若者と五十歩百歩だろう。

「特異な志士的な学者」などと評した小泉信三の“眼力”をも疑わざるを得ない。もっとも「特異」であることは確かだが。

後年、橘たちが満洲に描こうとした「五族共和」の原型が「第一革命以來の傳統なる『五族共和』」の「五族共和」にあったとしたら、これはもう最初から絵にかいたモチ、いや悪い冗談だと敢えて断言するしなかい。

さて橘は共産党綱領が謳っている「差當つての理想國家は、政治的には社會民主主義を、産業方面では改良主義を採り」、「マルクス主義は申すに及ばずレーニン主義にすら觸るゝ所なき程度のものである」。政治体制としては綱領は「議会制度を採るかソヴェート制度を採るか」、さらには「國家最高權の所在に關しても」共に明示されてはいないが、現時点で共産党が革命事業に関する「方法論に固執する必要を感じない爲」に、敢えて「之に觸れることを避けたのではあるまいか」と推測している。

だが軽く考えてもそうだろうが、まさか雪の北関東の山中を這いずり回った連合赤軍でもあるまいに、政治体制や「國家最高權の所在」について曖昧にしたままで革命など不可能だろう。誰が考えたって、そこが革命を目指す勢力にとっての中心の中のど真ん中の目的だろう。いいかえるなら、そこを曖昧にしたままの革命なんぞ、まるでイチゴを欠いたイチゴ大福のようなもの。売りモンにならないではないか。

共産党の理想国家を論じた後に、橘は国民党の理想国家に言及する。

その前に少し道草を。とは言え、最初から行く先を定めない気儘な旅だから、道草と言えば最初から道草のようなものではあるが・・・それはそれとして、「發財主義」についての思い出を。

この言葉を初めて知ったのは半世紀前の香港留学時である。1週に1時間の割合で中国語を教えてもらった北京生まれ、北京育ち、おまけに北京大学卒の甘先生からだった。《QED》


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