傳田晴久
1. はじめに
今回の台湾通信はコマーシャルメッセージで、国立成功大学の黄英甫老師と私との共著「台湾の北京語」(仮題)のご紹介です。ただいま校正中で、たぶん来月(8月)には出版されるのではないかと期待いたしております。その節はよろしくお願いいたします。
2. 経緯
私が台湾に住むようになったのは2006年の暮、今から12年前でした。北京語の勉強のために毎日コンビニで新聞「自由時報」を買って読み始めましたが、時々持参した中日辞典にのっていないことばに出くわし、気になっていました。
国立成功大学華語中心で台湾語の入門科目を受講した際、黄英甫老師にお目に掛る機会がありました。いろいろお話しするうちに台湾には、台湾北京語とでもいうべきことばがあることを知りました。
我々が使用している「中日辞典」は大陸のことばを対象にしており、台湾で使用されているある種のことばはのっていないのです。黄英甫老師は国立成功大学で英語や日本語を教えておられましたが、日本語や英語が台湾で使用されているうちに台湾語にとり入れられたり、台湾の北京語のなかにとけ込んでいることばを収集されており、それらのことばの解説書を作ろうとされておりました。
先生は、日本の国際基督教大学(ICU)や大阪大学に留学されており、流暢な日本語をお話になりますが、日本語の細かい点、微妙なニュアンスになると自信がないとおっしゃり、先生が収集されたことばの日本語による解説部分作成をお手伝いさせていただくことになりました。
3. 「踹共」
新聞紙面やテレビの画面で「踹共」という文字に出会い、手元の電子辞書を見ましたが、のっていません。「踹」は「①(足の裏で下方に向かって)蹴る、踏みつける。②踏む。」、「共」は「①共通の;共有の。②ともにする。③(副詞)ともに。いっしょに。④(副詞)全部で。合計。⑤共産党の略。」との説明がありますが、「踹共」の説明はありません。
黄英甫老師におたずねいたしますと、「踹共」(チュアイコン)は台湾北京語で、台湾語の「出來講」chhut8-lai7-kong2(チュライコン)をchhuai2-kong2(チュアイコン)と短縮し、北京語の発音chuai4-gong4(チュアイコン)になり、「踹共」の文字をあてたものということでした。意味は「表へ出ろ! 論争(あるいは議論)に出て来い」ということのようでした。これでは、市販されている一般の中日辞典ではわからないのはあたりまえです。
黄英甫老師は「踹共」の使用例として、①「你講的沒有道理,請你踹共(お前の言う事は筋が通っていない、議論しよう)」、②「2
你以為你對嗎?來,踹共!(お前は自分が正しいと思っているのか?よし、表へ出ろ!)」、③「『教部一路退讓全家盟抗議』:要求部長踹共(「教育部はひたすら譲歩、全国父母聯盟は抗議」:教育部長に議論に出てこいと要求している)」の3つを示してくれました。
4. もう一つの例「あげ」
台北の北部に淡水というところがあり、そこは観光地、グルメスポットがたくさんあり有名ですが、淡水老街には「阿給」(アゲ)というたべものを売っているお店があります。
「阿給」というのは、「油揚げに具をつめて蒸したもの」で、日本語の「油揚げ」から来たことば。油揚げに春雨や貝柱等の具をつめて蒸したたべもので、台湾では日本語の「油揚げ」が「あぶらあげ」→「あぶらげ」→「あげ」と変化し、台湾北京語として「阿給」の文字をあてた。
5. 「台湾の北京語」という本
台湾語が台湾北京語になった「踹共」とか、日本語が変化して台湾北京語になった「阿給」といったことばを約500語集めて、日本語と中国語で解説した本が、近々出版される「台湾の北京語」という本です。
この本の共著者である黄英甫老師は、本書出版の意義について次のように述べておられます。「言語は常に変化しており、何気なしに使用していることばでもそのルーツをたどると意外な謂れがあることが分かる。その言語をよく知るためにはその語の謂れ、故事、更にその変遷について一通り研究しておく必要がある。(中略)実際には現在『台湾北京語(台湾語)』を使用する際、台湾語あるいは華語のもともとの構文法をフレームワークとして使用するのは言うまでもない。そして、語彙自体には英語・日本語・華語・台湾語さらにそれらの語に由来する外来語が含まれている。流入する多くの外来語は台湾語語彙の国際性を豊富なものにし、しかし逆も言えるが、それらのうちのある言語の謂れを知らない場合は文章全体の理解は大幅に割り引かれることになる。本書出版の意義はまさにここにある。」
例をあげるならば、台湾北京語に「一級棒」(イチバン)ということばがあるが、この語は日本語の「一番」に由来し、この「棒」と言うのは「すばらしい」という意味である。本書の解説によれば、もともとは女郎屋で女が男性のシンボルを褒めるために「好棒」と言ったことから来ているとのことである。日本語「いちばん」の翻訳語としての「一級棒」の素晴らしさがわかろうというものである。
本書で取り上げたことば、約500語は発音順に配列されているが、大きく分類すると次の9種になります。
(1)日治時代(1895~1940年)に使用された日本語からとり入れられたもの。例えば、「雅里雅多(ありがとう)」「多桑(とうさん)」「運将(うんちゃん)」「黒輪(おでん)」など。
(2)戦後、日本語から取り入れられたもの。例えば、「羅生門(藪の中)」「人間蒸発」「QK(休憩)」「卡拉OK(カラオケ)」など。
(3)日本の流行語が取り入れられたもの。例えば、「壁咚(壁どん)」「超(ものすごく)」「鑰匙兒(鍵っ子)」「上班族(サラリーマン)」など。
(4)外国語から取り入れられたもの。例えば、「杯葛(ボイコット)」「茶包(トラブル)」「摩鐵(モーテル)」「攏是假(すべてが嘘だ)」など。
(5)人名から取り入れられたもの。例えば、「菜英文(へたくそ英語)」「歐巴馬(買い物魔)」「柴契爾夫人(ごく普通の人)」など。
(6)あやしい語(紹介しにくいことば)。例えば、「機車(あら捜しをする)」「炒飯(性行為をする)」「看三小(何を見ているの?)」など
(7)政治がらみのことば。例えば、「半山仔(出戻り台湾人)」「凍蒜(当選)」「割闌尾(腐敗している立法委員を止めさせろ)」など。
(8)ことわざ・慣用句など。例えば、「白白布染到黑(濡れ衣を着せる)」「橫柴入灶(横車を押す)」「狗吠火車(異議申し立てに応じない)」など。
(9)その他(いろいろ)
6. どのようにしてまとめたか?
この本でとり上げることばは、ほとんどの場合、黄英甫老師が長年にわたって収集してこられたことばであり、それを一つずつとり上げ、先ず老師に語の意味の説明、来歴、使用例文などを説明して頂き、それを私がとりまとめるという作業を繰り返しました。とりまとめ作業は、次回打合せまでの私の宿題となり、ことばの発音(中国語はピンイン、台湾語は教会ローマ字方式)の整理、日本語の意味、例文の翻訳、とり上げた語の来歴等の解説文作成などを行いました。次のミーティングでそれらの内容の確認を行い、補足説明を伺いました。
対象語を一通り整理した後、出版社との打ち合わせになりましたが、出版社からのリクエストとして、日本語を読めない中国語話者のために中文による解説も欲しいとの要請があり、中国語の説明をつけることになりました。もちろんこの部分は黄英甫老師に作成して頂きました。
7. おわりに
左の写真は本書の体裁のイメージです。検討段階の写真ですので、実際にはどうなりますか・・・・・。今回はここまでの紹介ですが、次号では対象とした語の中からいくつかピックアップして、少しその内容を紹介してみたと思います。
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