*読みやすさを考慮し、小見出しは本誌編集部で付したことをお断りします。
◆「為國作見證」除幕式における李登輝元総統のスピーチ
6月23日は沖縄の「慰霊の日」です。1945年のこの日に沖縄戦が終結したわけですが、73年目にあたる今回は、李登輝元台湾総統も沖縄を訪問して、沖縄戦で亡くなった台湾人日本兵のための慰霊祭に出席しました。
最後の激戦地となった糸満市摩文仁の平和記念公園には、「平和の礎(いしじ)」という、沖縄戦での犠牲者の名前が刻まれた碑がありますが、そこには34人の台湾人戦没者の名前が刻まれています。
この平和記念公園では、毎年6月23日に沖縄全戦没者追悼式が行われ、今年も安倍首相や翁長知事などが出席しましたが、李登輝氏が出席した慰霊祭は、翌24日、台湾人戦没者の碑「台湾之塔」で開かれたものです。
この「台湾之塔」は、2016年に日本台湾平和基金会と台日交流協会が建立したもので、「台湾之塔」という文字は蔡英文総統が揮毫しています。また、碑の裏には、次のような建立の由来が中国語で書かれています。
<日台の軍人は同胞であり、生死も栄辱もともにした。大東亜戦争には台湾の英雄二十数万人が参加、そのうち死者は3万人で行方不明者が1万5000人である。もちろん時代がいくら変わろうとも、民族や国家が異なろうとも、命を犠牲にして他者を救おうとした尊い行いは、後世に語り継がなくてはならない>
慰霊祭では、李登輝氏が揮毫した石碑の除幕式も行われました。石碑には「為國作見證」(国のために尽くす)と書かれています。挨拶に立った李登輝氏は、ときおり涙目になり、言葉をつまらせながら、次のようなスピーチを行いました。
<日本台湾平和基金会の西田健次郎理事長をはじめ、理事の皆さま、そして会場にお集まりのご来賓の皆さま、こんにちは。本日、私はこの平和祈念公園において、戦争に倒れた台湾の人々を追悼し、皆さまとともに歴史を共有するために参りました。
まずはこの、戦争で犠牲になった台湾の人々を慰霊する記念碑を建立した日本台湾平和基金会と、それを支持してくださった多くの方々に、ひとりの台湾人として改めて感謝を申し上げたいと思います。
戦争とは恐ろしく、かつ無情なものであります。多くの尊い命がその犠牲となって失われました。
1945年2月、沖縄戦が始まる直前のことです。台湾の基隆などから900トンもの台湾米が沖縄へ運び込まれ、県民へと配給されました。それによって、多くの命が生きながらえたとも聞きます。
戦争の犠牲者として平和の礎に刻まれた、34人の台湾人のなかには、もしかしたらこの食料の配給業務に携わりながら命を落とした人がいたかもしれません。
台湾人たる私は台湾を愛し、わが人生を、台湾のためにささげるつもりでやってまいりました。
私の人生においては、戦争によって数多くの困難にぶつかることもありました。また、戦争は、生きるために、いかにして積極的に生命に向き合うかということを学ぶ契機ともなりました。
「人間は歴史から学ぶ」と言われます。人類の偉大さは、その学習能力にあるのかもしれません。つまり先人たちの行いは、私たちが、いかにして生きるべきか、道すじを示唆してくれています。先人たちは命を以て、私たちに歴史を指し示してくれているのです。
また同時に、私たち後世の人間は、先人たちが示してくれた道すじと教訓によって、学び、選択することができます。
これこそ、私がこの慰霊碑に揮毫した「為國作見證」の意義なのです。
平和、自由、民主主義は、人類をよりいっそう、かつ永遠に偉大なものとするでしょう。願わくば、私たちもまた命の尊さを以て、人間の生きる道を示すとともに、平和、自由、民主主義が後世にまで継続するよう願ってやみません。
これで私のあいさつといたします。ありがとうございました。>
◆日本は強いリーダーシップを発揮すべき
戦時中、台湾の若者たちは、日本人として戦うことを希望していました。1942年からの台湾で行われた志願兵制度では、1000人の応募に40万人以上が応募し、競争率は400〜600倍にも達するほど、日本軍への参加希望者が多かったのです。
そのため、台湾では、日本とともに国を守るために戦かった台湾軍人を誇りに思い、尊敬しているのです。
いつも「先の戦争は間違いだった」「日本は悪い国だった」と反省ばかり口にし、先人たちが国を守ろうとした思いを無視、あるいは貶めようとする戦後日本人とは、そこが違います。
朝日新聞も珍しく、李登輝氏の沖縄訪問を伝えましたが、戦時中の台湾軍人については、「動員された」と表現しており、日本が無理やり兵隊に編入したかのような書き方ですが、もちろん事実は異なります。
「台湾之塔」については、中国では「漢奸」、つまり売国奴が建立したという説明がされています。また、中国当局は李氏の慰霊祭出席に対し、「植民地統治への美化だ」などと反発していました。
台湾人戦没者慰霊祭の前日、李登輝氏は糸満市のホテルで講演し、中国の海洋進出を批判しました。そして、民主主義と自由を共有する日本と台湾が、「中国の覇権的な膨張を押さえ込みつつ、平和的な発展を促すため協力関係をより一層強化すべきだ」と強調。
「朝鮮半島の情勢とアジアの平和は日本の関与なくして実現することはかなり難しい」と述べ、日本に対し強いリーダーシップを発揮するよう求めました。
一方、沖縄全戦没者追悼式に出席した安倍首相に対しては、「いますぐ帰れ」というヤジが飛んだそうです。
その一方で、沖縄那覇基地からの自衛隊機のスクランブル発進は世界一になっています。そのほとんどが中国の戦闘機への対応のためです。また、尖閣周辺での中国の領海侵犯は次第にエスカレートしています。
しかし、県議会でこれを質問された翁長雄志知事は、中国の脅威について答弁を避けました。自らの県に迫る本当の危機については何も言わない。彼らにとって、戦争はアメリカと安倍首相が起こすものであって、中国ではないのでしょう。もしかすると、中国を解放軍として沖縄に迎え入れたいのかもしれません。
◆日台の考え方が近い理由
台湾と琉球、九州は、かつて同一文明圏だった時代がありました。台南の学園都市建設時、縄文土器が出土し、現在でも台南学園都市内に展示しています。私はかつて、井尻千男氏をはじめ、大学の日本文化研の方々を連れて、台南学園都市内の企業社長の車で見学したこともありました。
戦前に植物学者・鹿野忠雄は、台湾を縄文文明圏の最南の中心地だと予言しましたが、そのとおりに、縄文土器が出土したのです。台湾最北のタイヤル族のDNAが縄文人にもっとも近いという研究まであります。
日本人と台湾人の考え方が近いのは、そういった同一文明圏からの類似性もあるのだと思います。
李登輝氏の発言の意味は非常に重たいものがあります。今後の日台関係、沖縄のあり方を考えるためにも、日本人には彼の言葉に耳を傾けていただきたいと思います。