「ヴェクトル21」8月号より転載
(転載自由)
鈴木 上方人(すずき かみほうじん) 中国問題研究家
●親中派を代弁する産経記事
ある全国紙の記事に我が目を疑った。誤って人民日報日本語版を読んでいるのではないかと確認してみれば、なんと産経新聞の記事だったのである。
7月11日付けの「台湾誤解?支持広がらず・集団的自衛権『アジアの安全破壊』」という産経新聞の田中靖人台北支局長による記事であった。読者に判断してもらうために抜粋せず記事の全文を紹介する。
以下全文
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
【台北=田中靖人】日本政府が集団的自衛権の行使容認へ憲法解釈を変更したことに対し、台湾では当局や「知日派」有識者の間でも支持が広がっていない。日本の新方針は「台湾有事」に来援する米軍への効果的支援を可能にし台湾の安全にも寄与するとみられるが、歓迎の声は小さい。閣議決定への誤解に加え、日中間の対立に巻き込まれる懸念や安倍政権への偏見が背景にありそうだ。
「集団的自衛権はアジアの安全を破壊する」「反動安倍政権を打倒せよ」
台北市内にある日本の対台湾交流窓口機関、交流協会台北事務所(大使館に相当)前で7日、反日デモ隊約100人が声を上げた。一部は安倍晋三首相の肖像を破り捨て、火を付けた。
日本の閣議決定後、台湾当局が反応したのは現地時間で翌々日の3日。外遊中の馬英九総統が「関心」を表明したが、同時に日中の衝突への懸念も示した。1996年、日米安保条約のアジア太平洋地域への「拡大」を意義付けた日米安保共同宣言の発表直後、外交部(外務省)が「地域の平和と安全に積極的な意義を有する」と歓迎の意を表明したのとは対照的だ。
台湾大で5日にあったシンポジウムでも知日派とされる識者3人が「日本は平和憲法を捨てた」「安倍首相は軍拡競争のパンドラの箱を開けた」と批判。馬政権で安全保障担当の高官を務めた一人は、台湾有事は「米中の直接対決で、日本の集団的自衛権は重要ではない」と切り捨てた。台湾紙の中国時報は、日本が「専守防衛」から「先制攻撃(主義)」に転換したかのような見方を紹介した。
一方、野党、民主進歩党系のシンクタンク「新台湾国策智庫」などは7日、記者会見で、元駐日代表らが「アジアの平和に対する貢献は大きい」と評価した。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
この記事のどこに問題があるのかと言えば、台湾の真実を伝えるべき立場にある台北支局長が台湾国内の主流意見とは程遠い中国寄りの意見を台湾人の声として取り上げたことだ。
●「急進統一派」を台湾人の声とする産経台北支局
まず記事の中に安倍総理の写真に火をつけたデモ隊とは、中国当局と関係の深い急進統一派である「中華両岸和平発展連合会」と「両岸和平発展論壇」という団体だ。この二つの団体の構成メンバーはほとんどが重複し、中国出身者が主体であることはマスコミ関係者ならば知っているはずである。
その中心となる人物は「ヒマワリ学生運動」に言い掛かりを付けた暴力団竹聯幇のボスで「白狼」こと張安樂・中華統一促進党総裁だ。因みにこの「中華統一促進党」とは2005年9月9日に中国で創立し、その名前の通り台湾を中国に併呑させることを目標とする政治団体で、中国共産党の台湾別動隊と自認している。実際、五星紅旗を掲げて中国の対台湾政策責任者である張志軍の台湾訪問を出迎えたのもこの輩なのである。
産経台北支局が急進統一派の抗議を台湾人の声として取り上げるのは、何か特別の意図でもあるのかと疑わざるを得ない。
●親中反日派を「知日派識者」とする意図は?
記事の中で田中記者が言及したシンポジウムとは、馬英九の側近であった楊永明の作る「中華民国国際関係学会」という大学サークルみたいなものが主催した「日本集団自衛権解禁と東亜安全論壇」のことだ。壇上に上がった「知日派とされる識者3人」とは、楊永明、陳永峰と何思慎の三人で、台湾では「深藍学者」と言われる親中反日派である。
中心となる楊永明は、日本人妻を持つ馬政権の一期目の対日政策の責任者であるが、妻が日本人だからと言って親日と言うわけではない。歴史を知らない反日日本人も多くいるという事実を考えれば、そのことも頷けるだろう。
楊永明は2008年9月に「日本李登輝友の会」主催のシンポジウムに招かれた際、馬政権の対日政策は「友日」であり、決して反日ではないと強調したのだが、やっていることは「友日」とは程遠い「侮日」(日本を侮蔑)であった。
●「侮日」に余念ない馬英九政権
馬政権の一期目の2010年10月末に安倍晋三氏が野党の国会議員として台湾を訪問した。国際礼儀からして元総理大臣である安倍氏を丁重に扱うのは一般常識であるが、馬政権はそれをせずに屈辱的な思いをさせたのだ。
一例だけあげよう。馬政権は、安倍氏と民進党の呉乃仁幹事長との会談の直前に、安倍氏を乗せる予定であった専用車を撤退させた。そのため安倍氏は仕方なくタクシーを拾う羽目になった。日本の元首相の安全も考慮すれば、それは極めて非常識なことだが、その非礼は馬政権が中国に送った「我々は決して反日をやめたのではない」とのメッセージでもあるのだ。その政策担当の中心人物とは記事に出た「安全保障担当の高官」である楊永明なのだ。
●ウソの代名詞である「中国時報」
更に田中記者が引用した「台湾紙の中国時報」とは何か?分りやすく言えば、「台湾版の人民日報」のことである。
中国時報のオーナー蔡衍明は煎餅事業で中国に進出し、中国政府と深く繋がっている人間で、彼は中国時報を使って中国共産党政権を露骨的に擁護していることで有名なのだ。ゆえに中国時報の報道は台湾ではまったく信用されていない。
●100%の支持率?
例を挙げてみよう。実は中国時報が今年の5月17日に11月に行われる高雄市長選に関する世論調査を発表した。それは国民党候補である楊秋興と民進党候補で現職高雄市長陳菊の支持率に関する調査である。なんと楊秋興の支持率は100%で陳菊の支持率は0%だったのだ。民主主義国の台湾においてこの数字を持つ楊秋興を台湾のキム・ジョンウンとでも呼ぶべきであろうか。因みに陳菊は2010年の市長選では52.79%の得票率で当選し、楊秋興の得票率は26.68%であった。
この世論調査は当然笑いものになったが、もともと中国時報は人民日報に負けないぐらいウソの代名詞である。その中国時報を台湾紙の代表として紹介する田中支局長は一体何を企んでいるのであろうか。