「ヴェクトル21」平成26年7月号より転載
鈴木 上方人(すずき かみほうじん) 中国問題研究家
●完成間近の教会堂を取り壊す
2014年4月28日、中国浙江省温州市にある完成間近の三江キリスト教会堂が温州市政府により取り壊された。総工事費5億円が投入され、10年かけて建築したこの教会堂は当局から「建築違反」の理由で無残にも粉々に粉砕された。現場で抗議する数千人の信者を警察や機動隊が強制的に排除し、その内、数人が連行されて現在も獄中にいる。皮肉なことに昨年9月、温州市政府はこの建築中の建物を「模範プロジェクト」と表彰したのだ。そしてこの三江キリスト教会以外にも数多くの教会が「十字架が目立ちすぎる」との理由で十字架を撤去された。中国当局のこの不可解な挙動は国際社会に「宗教弾圧」として批判されているが、中国は何故敢えて近隣諸国と揉めあう今、世界中のクリスチャンを敵に回したのか?
●共産党は神を指導する
中国の宗教弾圧は今に始まったものではない。四千年もの歴史の中でも特に神の存在を信じない中国共産党政権の歴史そのものが、宗教弾圧の歴史と言ってもよい。そもそも中国では神も含めて共産党を超える権威は存在しないのだ。だから信仰なども政治によって管理されなければならない。中国共産党政権はキリスト教を「党の指導の下」で管理し、「自治、自養、自伝」という「三自」の方針で外国からの影響をシャットアウトしようとしている。自治とは自分を管理する、自養とは自分で資金調達する、自伝とは自分で伝教するとの意味である。その自分とは「中国内部」という意味である。つまり、管理面においても、資金面においても、伝教面においても一切外部の指図を受けず、中国の特色あるキリスト教にするとの意味である。このように共産党によって管理された神より、中国共産党を上位とする教会を「三自愛国教会」と言い、「三自愛国教会」以外の教会はすべて違法とされている。当然、中国共産党に管理されている神を信じても仕方がないので、中国のキリスト教信者の6割は違法な「地下教会」、もしくは「家庭教会」で当局の目を盗んで礼拝している
●共産党政権の脅威になるキリスト教信者
三江教会のように大っぴらに大教会堂を建築できる教会は言うまでもなく、当然政府公認の「三自愛国教会」に属している。それにも関わらず、完成間近の教会堂が取り壊されてしまった。それは何故なのか?答えは「恐怖」である。世界第二の経済大国になった中国は、自ら紛争さえ起こさなければ外国から侵略を受ける可能性はないと断言して良いのだが、「内部の敵」なら話は別なのだ。中国の「維穏」(治安維持)予算が国防予算を超えていることが何よりの証明であろう。国防予算は外部の敵のための予算であるが、「維穏」予算は内部の敵のための予算だ。予算の分配で分るように、中国は外部の敵よりも内部の敵が怖いのだ。
ところが中国は政治結社の自由はもちろん、集会の自由すらない国だ。そしてもともと自己中心的で団結しない中国人に組織的で反政府的な行動ができるとは想像しがたい。だが、キリスト教信者となるとわけが違ってくる。キリスト教信者は少なくとも週に一度は礼拝をしなければならない。聖書の勉強会などの集会を入れると信者たちは週に数回集まっている。信仰心で強いきずなを持っている中国のキリスト教信者は約1億人前後で、その数は中国共産党の党員数を遥かに超えている。アメリカのパデュー大学の研究によると、中国のキリスト教信者数は年間7%から10%で成長しており、2030年にはアメリカを抜いて世界一のキリスト教大国になるという。その中で急速に信者数が増えているのは都市部の知識人や高所得層者である。これが怖いのだ。
●キリスト教弾圧は欧米国家を敵に回す
そもそもキリスト教のみならず、すべての宗教は中国共産党独裁政権とは相いれない存在である。現世よりも死後の永遠の命を求めているキリスト教も例外ではない。イエス・キリストは「カエサルのものはカエサルに、神のものは神に」と言い、権力や利益に妥協しない姿勢を弟子たちに求めている。聖書の中にも権力者の不正不義に従うなという教えが随所みられる。こうしたキリスト教信者は、ローマ帝国の迫害にも屈することなく、逆にローマ帝国を屈服させたのだ。歴史は繰り返す。同様なことは中国でも当然起こりうるのだ。中国政府のイスラム教徒やチベット教教徒に対する冷酷な弾圧は人道問題として国際社会から厳しい批判を受けているが、キリスト教徒への弾圧は欧米国家を敵に回す事を意味する。それでも弾圧するということは、よほど成長し続けるキリスト教信者へ対する恐怖感であろう。
●習近平の意を受けたキリスト教弾圧
今回の三江教会の所在地である温州は以前からキススト教信者が多く、780万の人口の内、キリスト教信者は百万を超えている。商人の町・温州には裕福な信者も多いためか立派な教会がいたる所にあり、中国のエルサレムと言われている。中国当局がこの中国キリスト教の「聖地」を迫害の幕開けにわざと選んだのは、その戒めの効果を狙っているのだ。更にこの迫害を主導する人物である浙江省省委書記夏宝龍は、2002年から2006年の四年間、習近平が浙江省省委書記を務めたときの側近であった。一省委書記が派手に教会堂を取り壊し、キリスト教の弾圧を踏み切れるはずもなく、この弾圧は習近平の意に受けたものとみるべきであろう。
●中国共産党政権を崩壊させてくれる「中国夢」
習近平は就任早々「中国夢(チャイナ・ドリーム)」を国策として打ち出した。チャイナ・ドリームとは「富国強兵で偉大なる中華民族の復興を」と言うのだが、分りやすく言えば、世界の覇権を手に入れるという夢なのだ。皮肉なことはチャイナ・ドリームを求めるために彼は内外で沢山の敵を作り、チャイナ・ドリームの実現を難しくしていると言う事だ。外部の敵よりも内部の敵はずっと手強い。一億単位の中国人キリスト教徒を敵に回すことは、中国共産党政権を崩壊させるとどめの一撃になるかもしれない。それこそが中国人全体のチャイナ・ドリームになり、習近平の人類に対する最大の功績になろう。