2013.10.26産経新聞より
米国オバマ政権の「アジアへの旋回(ピボット)」は空疎なジェスチャーだった-。オバマ政権が宣伝してきた「アジア最重視」「アジアの再均衡」といった一連の政策標語がここまで声価を落とすとは思わなかった。
しかもこの描写は受益側のアジア諸国が失望しての落胆の表明ではなく、当事者の米側の専門家らによる死亡宣告のようなのだ。
「アジアへの旋回」といえば、オバマ大統領が強調してきた安全保障面のアジア最重視政策である。中国の大軍拡に対応して米国がそれまでの中東やアフガニスタンに投入した兵力の撤退や削減分をアジア・太平洋に回すという戦略だった。
大統領こそ「中国」を具体的に指すことを避けてきたが、第1期オバマ政権のクリントン国務長官やパネッタ国防長官は「中国の軍事や経済での拡大」を原因としてはっきりあげていた。
だがワシントンを拠点とする国際安全保障の研究調査機関「リグネット」が10月中旬にまとめた報告は「アジアへの旋回」は「中身のない美辞麗句(レトリック)」と断じていた。それどころか「米国の対外イメージへの大きな打撃」とまで批判するのだ。「リグネット」は米中央情報局(CIA)の戦略やアジアの元専門官たちの集団である。
同報告はオバマ政権がアジア・太平洋に中国の軍拡を抑止するのに適切な兵力投入はまったくしておらず、今後それを実行する意欲も能力もないようだとも診断する。これまでの唯一の「旋回」措置はオーストラリアのダーウィンへの米海兵隊の交代駐留だが、その駐留もわずか200人の将兵が9月末に半年の期限を終えて帰国した後、後継部隊の選択が決まらず、空白のままだという。当初の公式目標だった2500人の駐留は早くとも2017年まで実現せず、それでもなお中国軍の増強ぶりとくらべると、「再均衡」にはほど遠いとされる。
同報告は「中国は米国がつくる空白を埋めるように海軍、空軍、ミサイル戦力、とくに原子力潜水艦などを世界の他のどの国よりも速いペースで増強している」と警告する。だがオバマ政権は米国の歴代政権が絶対に許容しないと宣言してきた北朝鮮の核兵器保有をも事実上すでに許してしまい、アジアでの同盟国、友好国の信頼を急速に失った、というのだ。
さらに同報告は、オバマ大統領自身がアジア訪問をキャンセルする少し前の9月下旬、国連での演説でイスラエルやその他の中東の友好国への防衛誓約の継続を力説したことを強調した。
「アジア最重視」は言葉だけらしいことの例証だというわけだ。
オバマ政権のこうした言葉と行動のギャップは米国に安全保障を頼る日本などアジア諸国にとって深刻な影を広げる。この点、「リグネット」報告は「米国は友からも敵からも超大国とはみなされなくなる危険」までも指摘していた。オバマ政権下の米国は「世界の警察官」どころか政治や経済でも信頼や依存はできない対象になりかねないというのだ。
米国に依存してきた側としてはオバマ政権だけが米国ではないと思いたい。だがいまや米国が内政でも外交でも大きな曲がり角を迎えたことは否定できまい。日本としても自助自立の努力の意識が欠かせない時代の到来といえそうだ。(ワシントン駐在客員特派員)