2013.6.11 産経新聞
杏林大学名誉教授・田久保忠衛
冷戦時と違って市場経済で持ちつ持たれつの関係になっているから、今の国家間関係は一刀両断で割り切るわけにはいかない。経済の恩恵に浴しようと中国に群がるが、北京が牙を剥(む)くとワシントンに助けを求めなければならない事情の下で、米中関係が悪化の一途を辿(たど)ったら、国際情勢とりわけアジアにおける国際秩序がどれだけ動揺するかは明らかだろう。
≪アジア諸国見下す冒頭発言≫
そうした中で、米中両国がお膳立てを整えたうえで開いた首脳会談は、ひとまず成功を収めたように見受けられる。が、懸案の諸問題を実務的に一歩でも前進させたいという意欲を示すオバマ大統領に対して、10年間の任期を持つ習近平国家主席は多分に国内を意識してか、大国の指導者ぶりを懸命に演じたのではなかったか。
会談準備のため訪中したドニロン米大統領補佐官(国家安全保障担当)に、習主席は、米中関係が「重大な局面」に達したので「新型大国間関係」をつくり出したい、と語ったそうだ。前者は関係各国の共通の認識だが、米中間で「新型大国間関係」などを確立されては穏やかではいられない。主席は昨年訪米した際、この関係を「一部の対立で大局が左右されない」状況だと説明している。
会談場所のパームスプリングズでの第一声で、「想像力豊かに考え精力的に行動する必要がある。そうすれば新たな大国間関係を構築することができる」と述べた。ついでに、「昨年の訪米で、広大な太平洋には中米という2つの大国にとって十分なスペースがあると言ったが、今でもそう思っている」と日本をはじめとするアジア諸国を見下した発言をした。軽く口を衝(つ)いて出た発言ではなくて、会談の声明だから恐れ入る。
2007年に日本に衝撃を与えた発言を思い出す。中国海軍の楊毅少将が当時、米太平洋軍司令官だったキーティング大将と会った際、米中両国がハワイの東と西で太平洋を分割したいと述べた旨を、キーティング氏が米議会での証言で明らかにした。楊提督自身の口から、「あれは全くの冗談だった」という説明を聞いて納得したつもりだったが、最高指導者自らは「冗談ではない」と否定しているのだろうか。
≪「オバマ・パンチ」応えたか≫
ニクソン大統領が訪中して約40年たっての習訪米だというが、この間の中国の大国化には目を見張るばかりだ。ニクソン訪中の狙いはベトナム戦争終結公約の実現、ソ連牽制(けんせい)の2点にあり、そのために孤立していた中国を国際社会の仲間入りさせてやるという恩着せがましい説明が付いていた。
05年にゼーリック国務副長官がニューヨークで行った「ステークホルダー(利害共有者)演説」は、「参加者ではなくて、責任を持つ国になれ」との説教調が強かった。中国改革開放フォーラム理事長の鄭必堅氏が、「われわれは平和的台頭をする」とすぐ応じた。以後、中国は約束に反して「危険な台頭」をし続けた。
だが、オバマ大統領は習主席とともに行った冒頭発言で、「大国としての中国の平和的台頭を歓迎する。中国が成功の道を辿ることは米国の利益にかなう」とさりげなく述べた。痛烈なパンチだと考えられるが、相手に応えたかどうか。中国は当然ながら、「新型大国間関係」を歴史的勝利だと自画自賛し、オバマ大統領も半ば同調したような振りをしつつ、「新たなタイプの協力関係」の構築を提案し、ケジメは付けている。
英誌エコノミストは会談前の予想記事の結論で、「2千年以上前に、ギリシャは、アテネの台頭を抑えられなかったスパルタによって大混乱に陥った。100年前に欧州はドイツの台頭を抑えられずに大混乱を来した。21世紀が20世紀よりも平和になるとしたら、米中両国は協力を強めることを学ばなければならない」と説いた。
≪中国こそ協力していく立場≫
言わんとするのは、その協力をすべきは中国の方だという1点である。今回の首脳会談の目的は、米側が強調するように、個人間の良好な関係をつくり出すことにあったし、来月に開かれる米中戦略・経済対話で、両国間の懸案である北朝鮮の核開発、サイバー攻撃、海洋安保、気候変動、貿易不均衡、人民元、人権などの具体的問題は、議題に上るだろう。
今回の米中首脳会談における唯一の合意は、強力な温室効果を持つハイドロフルオロカーボン(HFC)の削減を目指す、国際的規制の枠組みづくりで連携することだ。インドやブラジルと一緒に反対していた中国が歩み寄った。実際のところは不明だが、北朝鮮については、中国の大手商業銀行が取引を停止するといった金融制裁履行を発表している。首脳会談に合わせたのだろうか、米国に住む盲目の中国人権活動家・陳光誠氏の家族に旅券も発行された。
中国に何らかの変化が生まれていると断定するには、時期尚早だが、大国には、国際法規と国際常識に従う義務がある。他に選択の余地はないということを、中国に悟らせるのは容易ではない。(たくぼ ただえ)