2014.2.4 産経新聞
杏林大学名誉教授・田久保忠衛
長年にわたり「親米保守派」のレッテルを貼られてきたせいか、オバマ政権の一挙手一投足にはいささか神経過敏になっているのかもしれない。世界的に指導力が衰えてきた様子を、米紙ニューヨーク・タイムズは「米国の不在」(Absent US)と表現し、ウォールストリート・ジャーナルは「米国の退却」(US Retreat)と手厳しい。
≪米不在で同盟と中東秩序緩む≫
米外交は伝統的に軍事力と一体となって展開されてきたが、2期目のオバマ政権は、対立してきた国々とは話し合い、交渉に入るだけで軍事介入を恐れるようになったと米メディアが騒ぎ立てているのである。当然ながら従来の同盟関係や友好関係にはガタがくる。日米同盟にもそれが及び始めたのではないか、と体感する。
「他国の戦争に巻き込まれたくない」とのオバマ政権の願望がいかに強いかは、昨夏のシリアへの対応で露呈されてしまった。米世論の動向ともいえるので、消極的姿勢は理解できるが、軍事介入の時機を失し介入の決断をも取り消した結果、何が起きたか。
シリア問題解決の主導権はロシアに奪われてしまい、米欧諸国が退陣を要求していたアサド大統領は息を吹き返し、反政府勢力側では国際テロ組織アルカーイダ系の武装組織が勢い付き、事態は一変してしまったではないか。
米政府はイランとの間で核問題をめぐる交渉に入ったが、イランを宿敵と見なしてきたサウジアラビアとイスラエルは、米国に白い目を向け始めた。イラクから米軍は完全撤退したが、代わって台頭してきたのは、やはりアルカーイダ系の武装組織である。
年間約13億ドルの軍事支援を続けてきた中東の盟友であるエジプトに対する米国の政策は、理解を越えている。ムバラク大統領を見放して反体制派を支持したと思ったら、ムスリム同胞団の政権樹立に熱意を傾け、後は軍部によるクーデターを事実上認めている。中東の秩序を固めていたネジが緩んできたとしか考えられない。
≪安重根記念館に失望示さず≫
確かに、オバマ大統領は1月28日の一般教書演説で、アジア太平洋地域には重点的取り組みを続け同盟国を支援すると述べた。が、アジアで戦争に巻き込まれないようにするには、中国と軍事摩擦を引き起こしてはならない。
次期駐中国米大使に指名されたボーカス上院議員も、指名承認のため同日に行われた上院外交委員会の公聴会で、「(中国とは)建設的な対話を続けていかなければならないと確信している」と証言した。中国の習近平国家主席がかねてからオバマ大統領に提案している「新型大国間関係」に、米側は事実上呼応している。
安倍晋三首相が靖国神社を参拝したことに、米政府は「失望している」と述べ、その理由として、「日本の指導者が近隣諸国との緊張を悪化させるような行動を取ったこと」と説明した。ワシントンから地球全体を俯瞰(ふかん)してみれば、米国の懸念はその通りだろう。
しかし、靖国神社問題に関する限り、オバマ政権は間違いを犯していると思う。中国と韓国は「靖国」と呼ぶだけで日本人が右往左往するのを承知のうえで、これを外交上の道具にしている。オバマ政権のアジア通の当局者たちがそれを知らないはずはない。
仮に知らないとしたら、中韓両国が、初代韓国統監を務めた伊藤博文元首相の暗殺犯、安重根の記念館を、事件現場であるハルビン駅につい最近、開設した非常識に「失望している」との声明くらいは、同盟国として出してくれても良かったのではないか。
≪強い日本か弱い日本かの選択≫
安倍首相が唱える「強い日本」とは正反対に、「弱い日本」を目指したのは連合国総司令部(GHQ)であった。ホイットニー民政局長とケーディス次長は日本国憲法制定の代表的人物である。独立後の日本が何をしてきたかの検証もしないまま、ことあるごとに日本を占領下の状態に封じ込めておきたいと考えている向きが、米国内には一貫して存在する。
1つだけ例を挙げれば、ニューヨーク・タイムズ紙である。「靖国神社」「神道」「天皇」といった特定の言葉には、すぐ「ナショナリズム」とのおどろおどろしい反応を起こす。言論、報道の自由を守り続けてきた、尊敬すべきこの新聞がどうして紋切り型の表現を十年一日のように繰り返すのか。首相の靖国参拝後に掲げた社説はまた、「日本の危険なナショナリズム」だった。近隣諸国のナショナリズムは安心で、日本だけは要注意だと信じ込んでいる。
オバマ政権とこの新聞は何の関係もないかもしれないが、「失望」声明は同じ響きを持つ。日本国内で元気が出てきたのは従来反米的だった人々で、親米派の私はひそかに眉を顰(ひそ)めている。
激動する国際社会の中でオバマ政権は「強い日本」を支持するのか、「弱い日本」を選ぶのか。日米同盟を大切に扱ってきた賢明な米国人は私が何を言いたいか分かってくれると信じている。(たくぼ ただえ)