宮崎正弘の国際ニュース・早読みより転載
台湾鉄道をぜんぶ乗って、各駅に降りて、日本の遺構を調べた
壮大な時間とエネルギーをかけて鉄道に関する事典的良書が完成
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片倉佳史『台湾に残る日本鉄道遺産』(交通新聞社)
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このテーマなら、この著者である。
台湾に夫妻で居住して足かけ十五年。台湾地元民より台湾のことを知っている片倉夫妻は「歩く台湾事典」と呼ばれるらしいが、本人には未確認。
前作『台湾鉄路と日本人』(交通新聞社)はちょうど二年前の作品で、足を棒にして、台湾の線路に刻まれた日本の奇跡を念入りに追求した。こういう労作にこそ、大宅ノンフィクション賞を差し上げるべきだろう。
こんどの片倉佳史氏の新刊も、台湾にいまも残る日本時代の鉄道遺産をぜんぶ、自力でカメラ担いで、ノートをとりながら尋ね歩いた。台湾の鉄道事典、いや後世に残る古典的事典と言って良いのではないか。
台湾鉄道の営業キロは1000キロ強、新幹線が別途に340キロ。
日本時代の明治41年に北は基?から南の高雄まで鉄道工事は十年をかけて完成した。
ちょっと脱線するが昨秋、評者(宮崎)は所用あって山口県を取材し、湯田温泉にとまった翌日、山口から津和野へ特急に乗った。山口駅で異様な光景を見た。行楽客だが、殆どが大きなカメラ。物見遊山の観光客でもない。そうした人種が地から沸いてくるようにうようよプラットフォームで何かを待っている。何だろう? すぐに分かった。SL列車の運転日、凄まじい鉄道ファン。
そして沿線でも、鉄橋近くや陸橋や農道に、ちょっと小高い丘に望遠レンズかまえてのカメラが夥しい。これほどの鉄道ファンが日本にいるのかと感動した。
著者の片倉氏によれば、台湾でもおなじ現象が発生しだしたという。ローカル線、たとえば平渓線が開通と聞けば、ワンサカと日帰り客が現場に押しかける。みすぼらしかった土産屋にとてつもない人数が押し寄せる。
阿里山鉄道が再開すれば、ものすごい人出が予想される。
台湾を一周する鉄道の連結も近年のことで、台湾東部の台東から高雄の南回りが繋がったのは1992年、いまでは『台湾一周鉄道の旅』というツアーもあるそうな。もう一つ脱線すると台湾渡航歴百回以上の評者も、まだ、この区間は乗ったことがない。
さて片倉さん、今回のテーマは「いまの息づく日本統治時代の遺構」。それこそ日本時代の駅舎、木造建築の駅舎、付帯設備がすべて写真入りで紹介されている。こういうマニアックな内容の本は豪華限定版と相場が決まっていたが、新書版である。
このネット時代にさえ、それだけの読者がいることであり、また鉄道への回帰は好ましいことである。
現代日本人が殆ど知らない事実が多いのは、戦後台湾を占領した蒋介石が日本時代の公共建築ばかりか、駅舎など勝手に接収し、あげくに長い『排日時代』があったため、情報の断絶があったからで、日本時代の遺構をしらずに、しかも国民党がそのことを宣伝しなかったために、知らされないこととなった。
貴重な一冊。台湾旅行のリピーターには必携図書である。