2011.7.13産経新聞
八田與一(よいち)という日本人の名前は戦前までは広く知られていた。日本統治下の台湾で水利事業に半生をささげた人である。台湾総督府技師時代に設計、建設の指揮をとった烏山頭(うさんとう)ダムは今も満々と水をたたえる。嘉南大●(たいしゅう)という用水路を通じ、台湾南部の平野を潤しているのだ。
▼産経新聞連載の『教科書が教えない歴史』によれば、大正9年から10年間にも及ぶ大事業だった。途中、ガス爆発で数十人が亡くなる事故があって、くじけそうになる。しかし寝食をともにした台湾の人から励まされ、完成にこぎつけたのである。
▼戦後は日本の植民地統治をすべて否定する歴史観のもと、その名も忘れられていった。だが台湾では中学校の教科書にも載るなど敬愛されてきた。それどころか最近では、ダムと用水を世界遺産に登録しようという運動が起きているという。
▼学者グループ中心に、これまで7万8千人もの署名が集まったそうだ。日本人にはうれしい話である。ただ台湾は世界遺産を決めるユネスコに加盟していない。だから登録には日本の協力が不可欠なようだ。だが今の日本政府の台湾への対応を考えると、それも心もとない。
▼今回の大震災で、台湾からは170億円という巨額の義援金が寄せられた。ところが、被災した私費留学生を支援する文部科学省の緊急奨学金から台湾の学生だけが除外された。「日本と国交がないから」の理由というが、まるで恩を仇(あだ)で返すようなやり口である。
▼民主党政権の中国への屈服ぶりからみても、政府が動くのは容易でないかもしれない。だが日本人にとって、八田與一の偉業を思い出すだけでも意義はある。みんなで胸をはり、登録実現に協力したいものだ。
●=土へんに川