温首相訪日で台湾問題浮き彫り[中国軍事研究家 平松茂雄]

日本の「台湾独立不支持」表明の重み

温首相訪日で台湾問題浮き彫り−日本の「台湾独立不支持」表明の重み

                            中国軍事研究家 平松茂雄

【4月26日 産経新聞「正論」】

≪最大の解決困難な問題≫
 中国の温家宝首相訪日は「台湾問題」が日中間最大の重要課題であることを改めて教
えた。温首相は国会演説で、安倍首相が中国を訪問した際に提起した「戦略的互恵関係」
を構築するうえでの「共通認識」としていくつかの原則をあげた。その第1は「約束を
履行する」ことだとして、「中日共同声明」他の3つの政治文書に記載された諸原則を
厳格に守っていけば、「両国関係は順調に前進する」と表明。その中で最も重要な問題
は「台湾問題」であり、「国家の核心的利益にかかわる問題だ」と説明し、「台湾独立」
を絶対に容認しない、と強く述べた。

 これに対して、安倍首相は温首相との会談で「台湾の独立を支持しない」と表明した
と報じられている。

 「台湾問題」は日米安保条約とともに、この五十余年間の日中関係で最大の解決困難
な問題であった。中国によれば「台湾問題」の解決を妨害している最大の要素は、米国
の軍事力であり、それと裏腹の関係にある日米安保条約であるからだ。それ故建国後の
約20年間、中国の対日工作は、日本に中華民国と断交させ、中華人民共和国を承認させ
るとともに、日米安保条約の廃棄を迫るものであった。だが1972年9月の日中国交回復で、
中国は日米安保条約の廃棄を棚上げし、日本に中華民国と断交させることでひとまず満
足した。

≪核ミサイル戦力の到達点≫
 日米安保条約の廃棄を棚上げした背景には、中ソ国境に「100万人の大軍」を配備して
圧力を加えていたソ連軍に対処する上で米軍と日米安保体制を積極的に利用するとともに、
経済成長を基盤に急速に軍事力を成長させつつある日本を日米安保体制の枠の中に押さ
え込んで、日本の「軍事大国化」を非難しつつ抑制する巧妙な対日工作があった。それ
と並行して「中国の市場」に期待する日本の経済界、それと経済的利害を共にする自民
党に働きかけて、急速な経済成長を遂げ、それを土台に軍事力の迅速な成長を意図した。
とりわけわが国の政府開発援助(ODA)が中国の遅れたインフラ整備に果たした役割
は大きく、その上に中国は現在見るような経済成長を遂げた。

 他方中国は建国以来一貫して通常戦力の近代化を後回しにして、核ミサイル戦力の開
発に国家の総力を集中し、70年代から80年代にかけて最小限核抑止力を構築し、それを
土台に宇宙と海洋に進出している。有人宇宙船の打ち上げは、米国が台湾問題に軍事介
入するならば、ワシントン、ニューヨークその他の米国の主要都市を核攻撃すると威嚇
して、米国に対して中国への核攻撃を断念させるところにまで、中国の核ミサイル戦力
が到達したことを示した。今年1月に実施された人工衛星破壊実験は、米国が中国の核
ミサイル攻撃を阻止するために開発しているミサイル防衛システム(MD)を運用して
いる偵察衛星を無力化する能力を開発していることを明るみに出した。米国は中国の台
湾軍事統一を阻止するために、中国と核ミサイル兵器を撃ち合うことはないだろう。

≪「台湾」と拉致問題の関係≫
 安倍首相は「台湾問題」で執拗(しつよう)な温首相に対して、日中共同声明の立場
を「堅持する」とした上で、「台湾独立を支持しない」と表明したと先に書いた。だが
日中共同声明は「台湾は中華人民共和国の領土であるとの中華人民共和国政府の立場を
理解し尊重する」と規定していて、わが国は台湾が「中華人民共和国の領土である」こ
とを認めたのではない。いわんや「台湾の独立を支持しない」とは明記していない。

 報道によると、今回「台湾問題」を「共同プレス発表」に記載したのは、拉致問題へ
の中国の協力を記載させたことと交換であったという。拉致問題の重要性を筆者は十分
に承知しているが、「台湾問題」はわが国の安全保障にかかわる最重要な問題であり、
同列に論じる問題ではない。筆者が本欄で繰り返し論じてきたように、シーレーンの要
に位置する台湾は「日本の生命線」だから、台湾が中国に統一されると、日本は安全保
障・経済両面で中国の強い影響力を受けることになる。

 遠くない将来、台湾の軍事統一が現実化し、米海軍の空母が横須賀から出動する時、
「台湾独立を支持しない」と約束したではないかと発言するだけで、日本はパニックに
なるだろう。中国は労せずして、日米安保体制を無力化し、「台湾問題」を片付けるこ
とができる。温家宝首相は日本の大学生と野球をしたり、市民と一緒にジョギングをし
に来たのではない。(ひらまつ しげお)



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