シーレーン防衛の要に位置する台湾 【中国軍事研究者・平松茂雄】

わが国の政府もマスコミも国民も台湾にもっと関心を持つ必要がある

 平松茂雄氏の『中国は日本を併合する』は、タイトルさながら怖い内容である。
 近年、中国活動家の尖閣諸島・魚釣島への不法上陸、中国政府による東シナ海の日本側
海域に隣接した春暁ガス田の採掘・処理施設工事、中国の原子力潜水艦の日本領海侵犯等
々の出来事が次々と起こっているが、これらの出来事は突発的な出来事ではなく、中国の
戦略的行動であり、その目的は中華帝国の再興にあると喝破している。
 台湾併呑の次は日本であり、最終的にはアメリカを凌駕することで中華帝国をつくるの
が中国の野望だというのである。だから、日本にとって台湾が重要だと力説する。

 昨年12月8日、先の民主党代表の前原誠司代表がワシントンの戦略国際問題研究所での講
演及び12月12日の北京講演で中国脅威論を表明した。また、12月22日、麻生太郎外相が閣
議後の記者会見で「隣国で十億の民、軍事費が十七年間、10%以上伸びている。その内容
は極めて不透明だ。かなり脅威になりつつある。前原氏の『脅威、不安をあおっている』
という言い分は確かだ」と発言した。
 これらの発言に対し、中国政府は「根拠のない中国脅威論」と反論したが、平松茂雄氏
によれば根拠は十分だ。それがこれまでの一連の平松氏の著作であり、下記に紹介する産
経新聞の正論欄に掲載された論考である。
 日本のシーレーン防衛上、台湾がいかに枢要な位置にあるかを、アジアにおける覇権確
立をめざす中国の国家戦略とともに解説したこの論考は、色褪せるどころか、その指摘は
ますます現実味を帯びるばかりの現状だ。その簡潔な指摘は分かりやすい。ここに紹介す
る所以である。                            (編集部)


シーレーン防衛の要に位置する台湾−中国の戦略的な意図を知るべし

                            中国軍事研究者・平松茂雄

【平成17年(2005年)12月23日付 産経新聞「正論」より転載】

≪前原発言に足りないもの≫

 前原誠司民主党代表の米国と中国における発言が「中国脅威論」として問題になった。
前原氏の発言をここで詳論することは避けるが、近年の中国の軍事力増強とそれを可能に
している軍事支出の増加の現実を指摘した。具体的には近年急速に現実となってきている
東アジア周辺海域における中国の海洋活動、とくに南シナ海のシーレーンへの影響に関心
を向け、米国で「現実的脅威」、中国で「日本国民は脅威と感じている」と率直に述べた。

 前原氏が持論とはいえ、民主党代表として、わが国にとって最も重要な「友好国家であ
る」米国と中国で発言したことに敬意を表したい。だが、発言ではシーレーンのカナメの
位置にある台湾の重要性について、何も言及されていないことに歯がゆさを覚える。

 中国の軍事力構築の目的は戦略的には米国だが、戦術的には台湾にある。中国は建国以
来、米国に届く水爆弾頭搭載大陸間弾道ミサイル(ICBM)の保有を最大の国家目標に
掲げ、国家の総力をあげてその開発に集中してきた。核兵器を頂点とする米国の世界支配
体制に挑戦することが目的である。

 そして近年成功した有人宇宙船打ち上げによって、中国の目的はようやく達成されよう
としている。

≪避けがたい軍事統一行動≫

 中国はそれほど遠くない将来、北京オリンピックと上海万博が終わった二〇一〇年代に
なると、台湾の軍事統一を断行する可能性が大きい。その場合、米国が台湾を軍事支援す
るならば、中国はワシントンやニューヨーク、あるいはロサンゼルスを核攻撃すると威嚇
して、米国の台湾軍事支援を断念させるだろう。

 あるいは横須賀の米海軍基地から空母が出航したり、沖縄の米軍基地から攻撃機が出撃
すれば、東京を核攻撃すると威嚇して、わが政府に手を引かせるであろう。そうなると間
違いなく、わが国はパニックになる。

 昨年、中国軍の最高教育機関である国防大学の幹部が、米国が台湾に軍事介入するなら
ば、中国は米国に数百発の核兵器で攻撃すると発言した。この発言に対して、中国軍の跳
ね上がりの軍人の発言との見方があったようだが、見当違いもはなはだしい。彼の発言は
少なくとも中共政権の総意である。

 中国は建国以来五十年間営々として米国に届く核兵器を開発してきたのだ。何のための
米国に届く核兵器開発なのか。繰り返すが、米国を台湾から手を引かせるためである。そ
れは五八年の金門砲撃以来の悲願である。それがようやく完成したのに、使わないとどう
していえるのか。使うために、攻撃すると威嚇して手を引かせるために作ってきたのだ。

≪目を向ける方向違う日本≫

 ではそこまでして台湾を軍事統一する目的は何か。それは東アジアに占める台湾の戦略
的地政的位置にある。地図を見れば分かるように、台湾は東アジアの中枢を占める位置に
ある。

 台湾を支配するものは、南シナ海とその周辺の東南アジア諸国に影響力を行使すること
ができる。南シナ海はバシー海峡で太平洋、マラッカ海峡でインド洋に繋がっており、中
東と東アジア諸国を結ぶシーレーンが通っている。このシーレーンは米海軍により守られ
てきたが、台湾が中国に統一されると、中国はシーレーンを「人質」にとることができる
ようになる。

 さらに台湾は太平洋に面しているから、台湾を支配下に治めた中国は、これまでのよう
に沖縄本島と宮古島の間の海域、台湾とフィリピンの間のバシー海峡を通ることなく、太
平洋に直接出ることができる。二十世紀末までに中国の周辺海域での海洋活動は基本的に
終わり、中国の関心は西太平洋あるいはインド洋に広がってきている。

 日本、台湾、フィリピン、カリマンタン島(ボルネオ)にいたる第一列島線が中国の強
い影響下に入れば、朝鮮半島はおのずから中国の影響下に入る。

 こうした中国の海洋活動をみれば、中国の関心がどこにあるか分かるだろう。わが国で
は朝鮮半島や北朝鮮の動向に過敏に反応するが、肝心の台湾にはほとんど無関心である。
前原氏の今回の発言も残念ながら台湾について何も触れていない。シーレーン防衛で一番
重要な位置にあるのが台湾である。

 台湾を抜きにしてシーレーンはもとより東アジアの安全を語っても意味がない。わが国
の政府もマスコミも国民も台湾にもっと関心を持つ必要がある。(ひらまつ しげお)