国連加盟に向けた「公民投票」をめぐる動き [松本 充豊]

来年3月の総統選挙の際に、台湾では住民投票が行われる予定です。中国は「独立の動
き」として、アメリカは「現状を変更する」という理由で反対しています。

 しかし、台湾では与野党ともに実施しようとしており、その背景や理由について、長
崎外国語大学外国語学部助教授の松本充豊(まつもと みつとよ)氏が11月15日発行の
「台湾教会報」において詳しく述べていますので、ご紹介します。

 松本氏のプロフィールなどにつきましては下記をご参照ください。なお、転載に当た
りましては、著作権者の松本氏および台湾協会の許諾を得ています。    (編集部)

http://www.nagasaki-gaigo.ac.jp/main/professor/matsumoto.htm


【11月15日付 台湾教会報「最近の台湾情勢」】

国連加盟に向けた「公民投票」をめぐる動き

                           長崎外国語大学 松本 充豊

■「台湾」名義による加盟申請

 本年七月、陳水扁総統は国連の播基文(パン・ギムン)事務総長宛に「台湾」名義で
の国連加盟を求める申請書を提出しました。しかし、国連事務局は「一つの中国」原則
を規定した一九七一年の総会決議を理由に、この申請書を受理せぬまま返却しました。
これを受けて、陳総統は台湾名義での国連加盟の是非を問う「公民投票」を、来年三月
の総統選挙と同時に行う方針を打ち出しました。この公民投票とはレファレンダムのこ
とで、わが国の国民投票に相当します。陳総統の方針に対して、中国政府は「中国から
台湾の分裂を狙ったもの」と強く反発、米国政府の高官も「現状を一方的に変更しよう
とする動きは受け入れられない」として公民投票に反対する姿勢を重ねて表明していま
す。

 一九九三年以来、台湾当局は毎年「中華民国」名義での加盟申請を行い、その都度
「門前払い」されてきました。しかし、今回の陳総統による加盟申請は、初めて「台湾」
名義で行われたものでした。

■国連加盟をめぐる公民投票

 昨年夏から、陳総統は台湾名義で国連に加盟申請する意向を表明していましたが、今
回はその是非を問う公民投票を来春の総統選挙と同時に行う方針を打ち出しました。台
湾社会においていわゆる「台湾主体意識」はより一層高まっており、ここ一年間の世論
調査では、常に七〇〜八〇%の回答者が台湾名義による国連加盟に賛成しています。陳
総統が今回の公民投票を進める背景にはそうした民意が存在しています。

 現在、与野党双方から国連加盟をめぐる公民投票案が提案され、わが国の国民投票法
に相当する「公民投票法」の規定に基づき、その実施に向けた署名活動が行われていま
す。

 民進党が打ち出した台湾名義による国連加盟の是非を問う案は「入聯公投」と呼ばれ、
国民党が提出した「わが国の実務的、弾力的な戦略による国連復帰とその他国際組織へ
の加盟」の是非を問う案は「返聯公投」と呼ばれています。台湾では国連を「聯合國」
と表現するため、「入聯」は国連加盟、「返聯」は国連復帰を意味します。

 ただし、二つの公民投票案の内容は対立するものではありません。国民党案には、
「中華民国名義、または台湾名義、あるいはその他加盟実現の助けとなる尊厳ある名称
による国連復帰やその他国際組織への加盟を申請する」とあります。

 したがって、国民党案の内容は「中華民国」名義での加盟申請という従来の方針に沿
ったものであり、また民進党案を含んだ内容であるとも理解できます。要するに、世論
調査の結果と二つの公民投票案の内容からは、陳総統が語るように、国連加盟という点
においては台湾社会、そして与野党の間でも意見は一致しているといえるのです。

■公民投票というマジック

 それでは、どうして同様の提案が並立しているのでしょうか。台湾内部でも、与野党
双方が提案を取り下げてはどうか、あるいは国連加盟を問う新たな統一提案を示しては
どうか、という声があります。しかし、目下のところ両党とも独自案での公民投票を推
進する姿勢を崩していません。与野党が譲らないのは、公民投票を推進することが、双
方にとって総統選挙の重要な選挙戦略だからです。

 台湾では、二〇〇四年に最初の公民投票が行われました。同年三月の総統選挙を前に、
陳総統は総統選挙と同時に「中国軍のミサイルからの防衛」と「両岸の平和メカニズム
の構築」のための公民投票を実施すると表明しました。いずれも台湾住民の台湾主体意
識に訴える内容でした。この公民投票には中国政府が強く反発、そして中国政府の働き
かけを受けた米国政府や日本政府も反対を表明しました。最終的には、総統選挙では陳
総統が再選を果たしたものの、公民投票は野党陣営が投票のボイコットを呼びかけたこ
ともあり、二つの公民投票とも投票率が成立条件の五〇%に届かず、不成立に終わりま
した。

 ところが、二〇〇四年の総統選挙と公民投票のデータからは、「公民投票のマジック」
ともいえる非常に興味深い現象が見て取れます。公民投票の投票率が五〇%を超えた各
地域(各県市)では、総統選挙の得票率でいずれも与党候補(陳水扁・呂秀蓮ペア)が
野党候補(連戦・宋楚瑜ペア)を大きく上回っていたという事実です。これは陳総統の
勝利につながった一因だったと考えられます。

 今回、陳総統が台湾名義による国連加盟という台湾主体意識に訴えるテーマで、公民
投票を総統選挙と併せて実施することを進めている理由はここにあるのです。要するに、
総統選挙での民進党候補(謝長廷・蘇貞昌ペア)の得票率アップが狙いなのです。

 他方、国民党としては、国連加盟を求める有権者の声は無視できず、また前回同様た
だ反対したのでは、民進党に攻撃材料を与えることになりかねません。さらに、国民党
も公民投票のマジックが存在したことを十分認識しています。民進党案だけで公民投票
が実施された場合、二〇〇四年の再演が予測されるため、国民党も民進党への対抗戦略
として、同党案による公民投票を推し進める必要があるのです。

 台湾名義での国連加盟の是非を問う公民投票の実施をめぐっては、その国際問題とし
ての深刻化が懸念されるところですが、台湾の住民の七〇%は、たとえそうした公民投
票が実施されても中国の武力行使はないと考えているようです。与野党が互いに譲らぬ
状況が続くなかで、今後の行方が注目されます。



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