チベット弾圧に抗議せよ [櫻井 よしこ]

チベット問題は台湾問題、弾圧の中の沈黙は中国共産党の共犯者

 中国政府によるチベット弾圧について、昨日の産経新聞のコラム「断」で、富岡幸一
郎氏(文芸評論家)は「中国の一方的な同化政策は、チベット人から言語と宗教を奪っ
てきた」と指摘し、文化の死活問題であると剔抉している。

 同様に、ジャーナリストの櫻井よしこ氏も10日付の産経新聞の一面コラム「福田首相
に申す」で「チベット弾圧に抗議せよ」と題し、いかにして「チベット人は宗教と言語
と民族の血を奪われつつある」のかを、17条協定やチベット人への中国語の強要、子供
へのチベット語の命名禁止、中国人男性とチベット人女性の結婚は許すが、その反対の
禁止などの具体例を以て説いている。

 その上で、台湾に目を転じ、台湾を占領した中国国民党が「台湾を一度も支配したわ
けではなかったけれど、中共との戦いに敗れて逃れた先の台湾を自分達の領土だと宣言
した」ことを指摘し、「両者の主張は日本固有の領土の尖閣諸島や東シナ海に対する主
張と同じである。チベット問題は台湾問題であり、尖閣問題であり、より大きな枠組み
で日中問題なのである」と、チベット、台湾、尖閣の各問題に通底する日中問題である
ことを、明快な論理で指摘している。

 台湾の総統選で民進党の謝長廷候補は「今日のチベットは明日の台湾だ」と、中国に
よる台湾併呑への危機感を訴えたことは未だ記憶に新しい。シナによるチベット侵略史
を教わっていない台湾の人々がより深く理解できなかったのは致し方ない面もあるが、
浸透しなかったのは残念というしかない。

 チベットの危機は台湾の危機であり、日本の危機である。櫻井氏が、「弾圧の中の沈
黙は中国共産党の共犯者」であり、もし福田康夫首相が中国にただちに抗議しないなら
ば「私は失望と憤りをこめて、一日も早い首相の辞任を望むものである」と結ぶ。

 福田首相は虚心に櫻井よしこ氏の提言に耳を傾け、北京五輪参加ボイコットを視野に、
中国へ抗議すべきは、日本の国益を守るためにこそ当然の措置だろう。そうしなければ、
私どもも一日も早い首相の辞任を望みたい。

                   (メルマガ「日台共栄」編集長 柚原 正敬)


【4月10日 産経新聞「福田首相に申す」】

チベット弾圧に抗議せよ

                                 櫻井 よしこ

 いま、どの国よりもチベット問題で中国に物を言うべきはわが国である。

 日本は、武力よりも、民主主義と国際法、人間の自由、文化・文明の尊重を以て戦後
の道を切り開きたいと望んできた。同時に米国の占領政策によって、日本文明の粋を失
う哀しみを味わってきた。だからこそ、ダライ・ラマ14世が「チベット文化の虐殺」と
叫ぶ中国の弾圧に、率先して抗議しなければならない。日本と多くの価値観を共有し、
日本に友好的であった国、チベットのために発言することは、日本が依って立つ基盤を
守ることである。福田康夫首相が望むよき日中関係の構築も、日本が発言して初めて可
能になる。

 しかし、チベット人の抵抗運動について、首相は「中国の内政問題」とし、「人権に
関わるようなことがあれば心配、懸念を表明せざるを得ない」と語るにとどまる。弾圧
の中の沈黙は中国共産党の共犯者となることだ。

 中国のチベット侵略は1950年6月の北朝鮮の韓国侵攻以前から始まっていた。人民解
放軍の調査隊がチベット軍の前哨基地があった東チベットのデンゴに入ったのだ。10月、
彼らは東チベットを襲い、僅か11日で占拠した。

 翌年5月、中国共産党はチベットに17条協定への署名を強要した。協定は、まず、チ
ベットは祖国(中国)の大家族に復帰するとうたい、事実上、チベットが中国の一部だ
と明記した。だが、甘言も書き込まれていた。チベット軍は中国人民解放軍に吸収され
るが、チベットの仏教、信仰、風俗、習慣は尊重され、僧院も保護されると明記されて
いたのだ。

 亡命を視野に入れていたダライ・ラマ14世は16歳、法王を取り囲む僧たちの17条協定
についての意見は分かれた。身ひとつで亡命する、過酷な運命の予兆におびえる者もい
た。そして彼らは若き14世に説いた。「われわれが中共を刺激さえしなければ、仏教が
弾圧されることはない」と。51年9月、法王が開いた議会では、結局、毛沢東のチベッ
ト支配は象徴的支配にとどまり、僧院も仏教も、ダライ・ラマの神聖さも侵されはしな
いという希望的観測を結論とした。結果として、法王は「チベット地方政府」の名にお
いて、毛沢東に17条協定承認の手紙を送ったのだ。

 この半世紀余の歴史を振りかえれば、チベットと台湾に対する中国人支配の構図が似
通っているのに気づかされる。共産党か国民党か、イデオロギーは異なっても、彼らは
異民族支配の第一に中国人への同化政策を置く。

 チベットで、中共軍は17条協定をすぐに反故(ほご)にして、寺院の9割以上を破壊
し、財宝を奪い、仏教を否定し毛沢東主義、共産主義の学習を強要した。今回の、3月
10日以来のチベット人の抵抗に直面して、中国政府は僧侶らに対する共産党大会の文献
学習や愛国主義教育を強化したが、同種の政策はすでに60年近くも続いてきたのだ。

 さらに、チベット人からチベット語を奪い、中国語を習わせた。子供へのチベット語
の命名を禁じた。

 人民解放軍の兵士をはじめ、多くの中国人をチベットに送り込んだ。中国人男性とチ
ベット人女性の結婚は許すが、その反対は許さないのだ。こうしてチベット人は宗教と
言語と民族の血を奪われつつある。

 中国は、チベットは中国領で、当然だと主張する。しかし、チベットは歴史的に見て
中国の一部ではない。清国政府はチベットの宗主国としての立場を主張したが、チベッ
トを支配したわけではない。

 国民党も台湾を一度も支配したわけではなかったけれど、中共との戦いに敗れて逃れ
た先の台湾を自分達の領土だと宣言した。

 両者の主張は日本固有の領土の尖閣諸島や東シナ海に対する主張と同じである。チベ
ット問題は台湾問題であり、尖閣問題であり、より大きな枠組みで日中問題なのである。

 チベット人がいま、命を賭して訴えているのは、彼らが最も大切にする信仰を軸とし
たチベット民族としての暮らしを守る戦いを、21世紀の文明社会はただ傍観するのか。
それでよいのかという問いである。確実にチベット民族の消滅につながる弾圧に目をつ
ぶり、北京五輪を支援するのかと問うているのだ。

 人権にかかわれば、と首相は語った。答えは明らかだ。幾千年も続いたひとつの高貴
な文明が弾圧の末に滅されようとしているのである。文明の危機に直面する深い哀しみ
を共有する日本であればこそ、首相は中国に、直ちに抗議しなければならない。国際社
会の前で、ダライ・ラマ法王と話し合い、チベット人虐殺を止めよと。国際機関をチベ
ットに常駐させ、チベット人の望む高度の自治を実現させ、チベット仏教の再生を可能
にせよと。

 それも言えないとしたら、福田首相には、日本を代表する資格はないのである。した
がって、私は失望と憤りをこめて、一日も早い首相の辞任を望むものである。



投稿日

カテゴリー:

投稿者: