日本李登輝友の会では毎年、春と秋の2回、「台湾李登輝学校研修団」を台湾で開催し
ている。今年は4月25日〜29日に第11回を、そして10月30日〜11月3日に第12回目となる研
修を行った。
研修の目玉はなんといっても李登輝学校の校長でもある李登輝元総統による特別講義だ
が、台湾を代表する要人や台湾在住の日本人にも日本語で講義していただく。
今年の春は、羅福全(元台北駐日経済文化代表処代表)、彭栄次(亜東関係協会会長)、
齋藤正樹(交流協会台北事務所代表)、黄天麟(元総統府国策顧問)、馬莎振輝(タイヤ
ル族民族議会議長)、林明徳(台湾師範大学教授)などに講義していただいた。
残念ながら、李元総統は体調を崩していたため講義できなかったが、秋の研修では力強
い講義をされた。今回の他の講師陣は、鄭清文(作家)、羅福全(元亜東関係協会会長)、
黄昭堂(台湾独立建国聯盟主席)、呉明義(玉山神学院元院長)、林明徳(台湾師範大学
教授)、黄天麟(元総統府国策顧問)だった。
平成16年(2004年)10月末に第1回を行って以来、毎回のように講師をつとめていただ
いている一人が経済問題を担当する、元総統府国策顧問で元台湾・第一商業銀行頭取の黄
天麟(こう・てんりん)先生だ。
今回は「台湾の経済とECFA」というテーマでお話しいただいた。黄天麟先生は、小
さな経済体は大きな経済体に吸収されるという「周辺化理論」ともいうべき考え方を基に、
台湾は中国と密接になればなるほど周辺化現象が起こり、台湾が中国とECFA(エクフ
ァ:経済協力枠組み協定)を締結すれば、それは政治や文化面にも及んで周辺化現象を引
き起こす。交通が便利になれば周辺化は加速され、中国に呑み込まれると指摘。
大きな経済体が小さな経済体を飲み込んだ澎湖島や日本の本州と四国に架けた橋の例を
引き合いに、台湾は日米や東南アジアとFTA(自由貿易協定)を結んでから中国とEC
FAを締結するならまだしも、それを締結せずして中国とのみECFAを締結すれば、台
湾滅亡への引き金になると警鐘を鳴らされた。
この講義の折、今年5月に創刊された「台日文化経済協会通信」に寄稿された「世界の
ために十字架を背負う日本」と題する論考のコピーをいただいた。
日本はなぜ戦後最悪の経済成長を記録し続けるのかについて、「明らかに問題は為替レ
ートにある。円がトレンドに逆らって強含んだことが日本経済を深淵に追いやった最大か
つ唯一の要因である」と、その原因は円高だと喝破されている。それを「日本は金融危機
に苦しむ近隣を救わんがために、自己犠牲を選択し、誰も背負はない十字架を背負った」
と言い表しているところに、黄天麟先生の日本への温かい眼差しを感じた。いささか長いが、下記にその全文をご紹介したい。
(メールマガジン「日台共栄」編集長 柚原 正敬)
世界のために十字架を背負う日本
円高が日本経済を深淵に追いやった最大かつ唯一の要因
元総統府国策顧問 黄 天麟
【2009年5月 台日文化経済協会通信 創刊号】
最近、日本と台湾で発表された経済指数には確かに不安にさせるものがある。去年第4
四半期のGDP成長率を見ると、台湾はマイナス8.36%、日本はマイナス12.7%だった。
今年第1四半期はさらにひどく、見るに堪えない。日本はおそらくマイナス14%前後で、
1955年以来、四半期別では最大のGDP下げ幅を記録するだろう。ともに苦しむ台湾の同
期のGDP成長率はマイナス9.12%で、同様に戦後最悪を記録した。
しかし、米国およびEUの状況はこれほど深刻なものではなく、米国の去年第4四半期
のGDP成長率はわずか3.8%の下落、EUはマイナス1.5%であった。ところが、同時期、
近隣の中国は6.8%および6.1%の成長を遂げている。驚くことに、韓国も今年第1四半期
に0.1%の成長を見せていることである。
米国およびEUが今回の金融危機の発端となったのに、その衝撃のレベルが日本よりも
軽いというのはおかしくなかろうか。中国と韓国は技術的成熟度から見ても日本にはるか
及ばず、経済全体の輸出依存度もまた日本より高い。日本の金融界も、この金融バブル崩
壊で受けた衝撃は欧米よりもはるかに軽く、日本経済がこの機に乗じてのしあがるのは当
然であるのに、どうして日本が最もひどい傷を負うことになってしまったのだろうか。
明らかに問題は為替レートにある。円がトレンドに逆らって強含んだことが日本経済を
深淵に追いやった最大かつ唯一の要因である。
ミスター円(榊原英資さん)は私の説に同意しないでしょう。そして、自由主義に固執
する経済の専門家も首を横に振るでしょう。しかし、円高が企業の大出血を招いたことは
確かで、否定できない事実である。
日本を代表する企業であるトヨタは、去年、円高に悲鳴を上げ、1円円高になる毎に、
年400億円の損失が出ると発表した。それでも日本銀行は円高を放任したため、円は短期
間に1ドル117円から1ドル90円まで上昇し、トヨタは販売量の委縮も加わって、去年(本年
3月の決算)なんと4369億円という未曽有の欠損を出し(2008年3月の決算では1兆7178億
円余りの利潤があったが)、利益は吹っ飛び、研究費用のめども立たなくなって、競争力
の向上などを論じる暇もなくなった。
同じの理由で、シャープの純損失も1258億円に上った。これは1年前に獲得した利益10
19億円にはるか及ばないどころか、トヨタと同様に、上場以来初の年度財政赤字を計上し
た。SONYやPANASONICなどもみなこうした状況を逃れることはできなかった。
上場企業の欠損が続けば、日経指数も当然底割れを免れず、企業の資金繰りはさらに困難
さを増し、日本の工業生産指数や経済のマイナス成長も必然のこととなった。
一般的に言えば、景気変動に直面した際、為替レートと利率(双率とも言う)の運用は
国の中央銀行に与えられた二つの宝剣である。
今回の金融危機を例にすると、EU各国および米国の連邦準備銀行は早急に何度も利率
を調整し、歴史上最低水準にまで引き下げた(米国0.25%、英国0.5%、EU地域1.5%、
台湾1.25%)。そして同時に、輸出メーカーの苦境を緩和するため、政策的にも自国通貨
を切り下げた。
韓国もしかりで、韓国政府は利率を5.25%から徐々に引き下げ、今では2%という低水
準になっている。そして韓国ウォン(WON)もトレンドに乗せて1ドル944ウォンから
(2008年1月の平均値)1ドル1373ウォン(今年11月)に急速に下落し、なんと45%のウォ
ン安となった。ほぼ同期間に、ポンドは28%、ルーブルは20%、オーストラリアドルは
21%、インドルピーは19%と為替レートを下に調整している。
ところが、日本だけが24%(注:台湾ドルはかなりの安定度を維持)の急上昇となった。
日本の輸出は3カ月連続、去年同期比で45%も落ち込み(注:1月の輸出は、韓国がマイナ
ス32.8%、中国がマイナス2.8%、日本がマイナス45.7%で、日本は下げ幅で世界一)、
株式市場は26年来の最低を記録するのも、それなりの要因があったのだと言えましょう。
「円一人高」はすなわち、「この金融危機に派生したグローバル的な需要の委縮を日本
一国が引き受ける」ことを意味し、日本は円高という善意を以って韓国・中国・EU各国
にその産品の販路を広めさせる空間を与え、金融危機が当該国の産業に与える衝撃を緩和
させた。言い換えれば、今回の金融危機に際し、日本は金融危機に苦しむ近隣を救わんが
ために、自己犠牲を選択し、誰も背負はない十字架を背負うことになったのである。
しかし、日本はその受けるべき評価や称賛を未だに獲得していません。皮肉にも、むし
ろ現在のヨーロッパやアジアのコンセンサスは、すべてグローバル的な経済再建の希望を
中国に託し、あれほど犠牲を払った日本に対しては、あたかも当然のことと受け止めてい
ることです。強き者に追随する国際の「現実的」な側面がここにもはっきりと浮き彫りに
なったと言っても過言ではなかろう。
「強い円は日本の国益である」という人もありますが、果たしてそうでありましょうか。
日本の「失われた19年」がすでに全てを説明しているはずです。