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【箴言九】トラブルメーカーに成ることも必要
日本では衝突を起こさず、協調していくことが徳とされている。しかし現状を打破する時には衝突はむしろ避けられない課題である。
1995年李登輝氏は母校コーネル大学から講演の依頼があり、彼も母校への訪問に意欲を示した。当時、中国も米クリントン政権もそれには強く反対したが、李登輝氏は米中の意向に妥協の素振りもみせなかった。
結局アメリカの議会の圧力で、クリントン政権も李登輝氏にビザを出さざるを得なくなったが、中国は李登輝批判キャンペーンを激しく展開し、台湾をトラブルメーカー呼ばわりしながら、報復として台湾近海にミサイルまで発射した。
その暴挙が民主国家台湾と独裁国家中国との違いを一層浮き彫りにさせ、台湾の民主化を全世界にアピールしてくれる結果となった。国も個人も危機状況に陥る時、ただの良い子に甘んじてはいけない。トラブルメーカー呼ばわりされても、一歩も引かない強い姿勢も必要なのだ。
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