台湾の声編集部 多田恵 2018年1月6日
2017年5月26日、台湾の立法院では「原住民族言語発展法」を可決して原住民族語を「国家言語」とし、12月29日、「客家(ハッカ)基本法修正案」を可決により、客家語を「国家言語」に加えた。
2018年1月4日、行政院では「国家言語発展法」草案を決定し、立法院に提出することになった。これが通過すれば、台湾語も、やっと「国家言語」とされ、また台湾語テレビチャンネル設立の法的基礎となると説明されている。陳水扁政権時代に「言語平等法案」を提出したものの可決に至らなかった。今回は、前に進むことが出来るだろうか。
台湾における台湾語の状況は、その規模や歴史のわりに、良いとはいえない。しかし、12月11日の日経新聞電子版で、伊原健作氏による“「天然独」の台湾 中国語より台湾語”という報道があったように(会員のみ閲覧可能。紙版は翌日付、見出しは少し異なる)、ひまわり運動世代が自らのアイデンティティーを求めると台湾語という答えにたどり着くという一面も無視できないものである。
日本人で台湾語を使いこなす人たちのネットワークで最近話題になったことは、台湾を専門とする「某有名ジャーナリスト」の記事の中に、「台湾語を知らない人が絶対誤解をしてしまうような説明」があったということだった。
その記事には台湾語として「阿母(アムー=お母さんの意味)」という記述がある。台湾語のアムー(a-m)というのは、本来は「父の兄の妻」を指す言葉であり、これが血縁関係がない、一世代上の女性に対する敬意を持った呼びかけとしても用いられるのである。台湾の教育部のオンライン辞書では「姆」という漢字を採用している。他方、「お母さん」は、アブー(a-bu)、ママなどである。
たしかに、このような場合、日本語だったら、「伯母さん」よりも「お母さん」と呼ぶだろうということで、そのように説明したのかもしれないが、台湾語を知る人間にとっては「アムー」は、決して「お母さん」ではない。
このジャーナリストは、一昨年、新書を出した。特に日本の左派の人々が台湾について思考停止している点を指摘して再考を求めているという点で貴重な一冊だ。著者の日本社会に対し、台湾について再考するよう呼びかける姿勢や、普段の勉強熱心な姿は、決して無視や否定できるものではない。
ただ、その新書にも、「台湾の国名である中華民国は…中華人民共和国の加盟と同時に国連を脱退している」とある。このジャーナリストは、「中華民国」という枠組みから台湾を見ているのではないか。たしかに「中華民国政府」側はそのように主張したのかもしれないが、「中華民国が国連を脱退した」という事実はない。「蒋介石の代表」が追放され、中華民国の地位を中華人民共和国が受け継いだという形で処理されたのである。それなのに、国民党が独裁していたころの「中華民国」側の立場を伝えているのは、やはり冷戦時代の思考なのではないか。
話を台湾語に戻そう。12月に、ファミリーマートで「ちょこっとアジアン ルーロー飯(台湾風煮込み豚肉ごはん)」が発売された。最近、日本では台湾スイーツや台湾料理がじわじわと盛り上がっているので、飲食店で「ルーロー飯」という表記を目にすることも少なくない。
しかし、台湾を代表するこの料理は、ローバープン(loo-bah-png)と台湾語で呼ばれている。この「ローバー」(煮込み肉)をどうして、わざわざ中国語で「ルーロー」と読ませるのか。ずっと疑問であった。
この正月休み、映画『ママ、ごはんまだ?』(2016年)を、DVDレンタルショップで借りて見てみた。これは一青妙(ひとと・たえ)さんの原作を映画化したものらしい。異郷に嫁ぐも、白色テロを含む国民党の横暴を嫌い、娘たちに日本で教育を受けさせたいという夫とともに日本へ戻ったものの、夫に死なれてしまった母と娘の物語である。また台湾料理を紹介する作品にもなっている。
この映画で「ルーロー飯」という呼び方がされていた。この作品では、一青妙さんのお母さんが台湾に嫁いで来て、夫とその家族が台湾語で大切な話をしているのも分からないという疎外感を、同じく台湾に嫁いだ日本人女性に訴えるシーンでは、その言語を「中国語」と呼んでいた。またレシピ帳には「中国料理」を習ったと記されていたようだ。
一青妙さんのお母さんは、台湾語も中国語も区別が出来なかった。そして妙さんが台湾で生まれたのは1970年である。つまり、妙さんのお母さんが台湾へ渡った頃は、「中華民国政府」を日本も米国も政府承認していた。したがって、妙さんのお母さんにしてみれば、「中国」の支配下にある台湾に来ているので、台湾人である夫とその家族は「中国人」であり、彼らが話す台湾語は「中国語」であり、彼らの伝統的な料理は「中国料理」と見なすことになったわけである。そのような認識であれば、「ローバー飯」を「ルーロー飯」と呼ぶのが「正しい」と思い込むのも無理はない。一青家にとっては、「ルーロー飯」のほうが、その家族が刻んだ歴史の記憶に忠実な呼び方かもしれない。
台湾が経験してきた歴史は複雑で、個々の日本人がどのようなきっかけで台湾と関わるようになったかも様々である。一度、中国語や中華民国体制的な視点を獲得してしまうと、台湾語や台湾からの視点を知ろうとする努力をしなくなってしまうひとも少なくない。
しかし今、我々は台湾を「中華民国」(中国のうち中華人民共和国に継承されていない部分)と捉えているのだろうか。台湾を台湾と捉えるべきではないか。台湾で台湾語で呼ばれているものは、台湾語で日本に紹介したほうが良いのではないか。少なくとも、台湾語や、客家語、原住民諸語がこれまで抑圧されてきたものの、台湾人のアイデンティティーにとって欠かせないものであるという認識を持ち、それを尊重する姿勢を忘れないようにすべきではないだろうか。
チロルチョコは3月に「台湾スイーツ」を出した。パッケージの「鳳梨酥」という漢字表記の右には「パイナップルケーキ」、左には「オン
ライ
ソー」とルビが振ってある。これは台湾語で紹介したものである。
台湾のことを日本に紹介する人々にぜひお願いしたいのは、その表現は台湾語(もしくはこれまで抑圧されてきた台湾の諸言語)ではないのかということを常に考え、必要に応じて専門家なり、現地の事情通に一回、問い合わせるという労を惜しまないで欲しいということだ。
中国語や中華民国体制というメガネを通してではなく、ありのまま、あるいは草の根からの台湾を日本に伝えて欲しい。
この問題について、台湾在住で、『台北美味しい物語』(2009年、現在は電子版も購入可能)という著書のある内海彰(うつみ・あきら)氏は次のように語る。
「中国語をそれなりに身に付けていれば、台湾語を学習したことがなくても台湾語の意味や発音は調べられるはずなのに、ジャーナリストやライターたちはちゃんと調べません。自分の知り合いの台湾人から聞いた中途半端な説明をそのまま鵜呑みにしたり、自分の耳で聞いた不確かな発音を適当に仮名表記しているだけです。以前、台湾好きを表す哈日族の哈(ハー)は英語のホットが語源とか書いた記事がありました。」
最後の哈日族の記事は、おそらく2016年に出たもので、おそらく雑誌の編集者が記事の紹介文として付け加えた部分の記述と考えられるが、「残念」としか言いようがない。
そもそも、哈hah(/hahN)は、台湾語で、hahN-hun(hun「煙」はタバコを指し、タバコが手放せない状態を言う)、hahN-chiu2(chiu「酒」が手放せない状態)などの用例がある言葉だ。ネットで検索すると『台湾精神詞典』がヒットする。興味深いタイトルの辞典だ。哈hahの項目に、「くせになってしまう、好き」といった説明が中国語でついていて、「哈中国」(親中国)、「哈独立」(台湾独立を求める)などの例が挙がっている。また「七郎」という台湾語歌手が1995年に『哈酒』というアルバムを出し、同名の歌を歌っている。
確かにウィキペディア日本語版には、哈が英語のHOTであるかのようにあり、おそらくその記事の編集者がこれを見て書いたのであろう。しかし、哈日族元祖の哈日杏子(ハーリー・きょうこ)氏は、2013年にニッポンドットコムで次のように語っている。
“「哈日」という語は、私が創った言葉です。台湾で話される北京語には従来なかった言葉で、1996年に出版した4コマ漫画『早安日本(おはよう日本)』の中で初めて用い、自分のペンネームにも使いました。「哈」は台湾語の「ha」(正しくはhahもしくはhahN)から来ており、元の意味は「とっても欲しい」「欲しくてたまらない」「我慢できない」などの意味です。”
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