【産経記事】中国に期待する東北

【産経記事】中国に期待する東北

             中国総局・川越一

産経新聞 2012年6月24日

 ◆観光客を呼び戻せ

 6月中旬、北京市内の日系ホテルの宴会場で、ハッピを着込んだ何人もの日本人が、テーブルを挟んで座る中国人を相手に熱弁を振るっていた。

 色鮮やかなハッピの背中には「秋田」「青森」「福(島)」「仙台」などの文字。手には中国語で書かれたパンフレット…。東日本大震災で落ち込んだ中国人観光客を呼び戻すため、直接、中国の大手旅行会社と商談しようと中国大陸に乗り込んできた、東北各県などの観光担当者たちだった。

 震災前の2010年、東北地方を訪れた中国人観光客は約4万3790人を数えた。香港からの観光客を合わせると、その数は約11万人にのぼった。それが昨年は約1万8490人、香港を含めても3万人強に激減した。

 実は昨年10月の国慶節(中国の建国記念日)以降、日本への中国人旅行者は着実に回復している。今年1〜4月には、4カ月間の集計としては初めて50万人の大台を突破した。しかし、その足が東北へ向くことは少なかった。

 商談会の冒頭、あいさつに立った政府観光局北京事務所の飯島康弘首席代表は「日本は安心して観光できる状況にあるにもかかわらず、東北への観光は回復していない」と現状を憂えた。観光庁外客誘致室の中田龍哉専門官は「元気で美しい東北観光の魅力を知ってもらいたい」と訴えた。

 東北の観光回復を願う関係者らが一様に期待をかけるのが、7月1日から始まる、岩手、宮城、福島の3県を訪れる中国人観光客を対象にした3年間有効の数次査証(ビザ)の発給だ。

 ◆数次ビザ効果

 中国人を対象とする数次ビザは昨年7月、まず沖縄から入国するケースに適用された。それまで沖縄を訪問する中国人個人客向けの観光ビザの発給数は、夏の最盛期でも50件程度だった。それが数次ビザの発給が始まると、昨年8月だけで1393件に達した。沖縄県が今年4月に発表した2010年度の入域観光客数によると、7月以降急増した中国人観光客は結局、4万4500人。前年度比87%も増加した。

 被災地の復興支援を旗印に「二匹目のドジョウ」を狙った形だが、沖縄のケースで懸念され、顕在化した問題点が解消されているとは言い難い。今回、発給される数次ビザも沖縄のケースに準じ、最初は岩手、宮城、福島のいずれかに最低1泊することを条件に、1回につき従来の個人観光ビザの15日の6倍となる90日の滞在を許可する。つまり、この3県に1泊しさえすれば、その後はどこに行こうと勝手なのだ。

 政府観光局北京事務所などが今年初めに中国の旅行会社115社を対象に行ったアンケートによると、人気が高いのは京阪神→富士山→東京ディズニーランドを回り、最後に秋葉原や銀座で買い物をするコース。中国のラブコメディー映画「非誠勿擾」(邦題「狙った恋の落とし方」)のロケ地として有名になった北海道が、これに続く。高い購買力が期待されている中国人観光客が被災地にカネを落とさず、東北が東京、北海道観光の“玄関口”に終わる可能性は低くない。マナーの悪さも、沖縄では問題になっている。それでも、中国人観光客の誘致を望む関係者の気持ちは切実だ。

 東北観光推進機構の阿部昌孝副本部長は「東北が目的地というのは難しい。東北の現状を見てもらうことが、今後につながっていけばいい。自分の目で見た情報を発信していってほしい」と、きっかけを求めている。

 ◆不法滞在に懸念も

 2回目以降、岩手、宮城、福島から入る必要はない。3年間、好きな時に日本のどこでも行けることになる。中国人観光客が、「復興支援」という日本側の目的に賛同して、数次ビザを取得するとは考えられない。

 警察庁が今年5月に公表した「平成23年の来日外国人犯罪の検挙状況」では、刑法犯の検挙件数、人数とも中国人が最多。窃盗の検挙件数の50・2%、知能犯の59・9%を占めている。

 訪日する中国人の目的の多くは、「温泉に行ってみたい」「買い物がしたい」「桜を見たい」といった純粋なものだろう。だが、犯罪統計を見てしまうと、犯罪者の入国や不法滞在、不法就労の防止という査証本来の目的が損なわれてしまうのではないか、諜報活動を目的とした入国も容易になりはしないか、と少々不安になってしまう。

 休憩も取らずに中国人に訴えかけた関係者の熱意が実を結ぶことを願う。同時に、東北で生まれ、東北で育った身として、数次ビザの発給によって、ふるさとが乱されることを案ずる自分もいる。(かわごえ はじめ)


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