【産経正論】戦後秩序への「挑戦者」は中国だ

【産経正論】戦後秩序への「挑戦者」は中国だ 

2014.1.31 産経新聞

                    前防衛相、拓殖大学特任教授・森本敏

 安倍晋三首相は、就任直後から靖国神社参拝の機会を模索してきたのだと思う。それが支持者の期待に沿うものであり、政治家としての信条に合致すると確信していたのであろう。ただし、首相の参拝では、それが与える影響を考慮する必要があり、昨年末まで「戦略的忍耐」を続けてきたのは外交上の配慮からだっただろう。

 《米国の反応は「困惑」に近い》

 しかし、日本側が無条件対話の道を開いているのに中韓両国は応じてこない。それなら日中、日韓関係が低迷している間に参拝するのが賢明だ。日米関係は気になるが、外務・防衛閣僚の安全保障協議委員会(2プラス2)で防衛協力の指針(ガイドライン)見直し合意もでき、米軍普天間飛行場移設問題も進展した。対外関係は説明すれば理解されるはず。そんな整理だったのではないか。

 中国の批判は予想通りで、A級戦犯合祀(ごうし)を理由にしているのは、靖国参拝を対日批判の材料にしようとする意図でしかない。国のために身を捧(ささ)げた戦没者に尊崇の念を込めて詣でるのは、国家指導者として当然の行為である。これは日本人の魂の問題であって、他国からとやかく言われる問題ではない。筆者は防衛大臣として米国のアーリントン国立墓地に献花したが、神社は墓地とは違う。

 中国は今回、靖国参拝は戦後の国際秩序への挑戦だとの批判をしているが、見当違いも甚だしい。日本は戦後の国際秩序維持に最も貢献してきた国の一つであり、帝国主義的な拡張政策を進めて富国強兵に邁進(まいしん)する中国の行動こそ、歴史の流れを逆転させるものである。韓国も中国と一緒になって靖国批判をしているが、日本は先の大戦で韓国と戦争したわけではない。これまた見当違いだ。

 米国は首相の靖国参拝に「失望した」と表明しているが、実際は「困惑している」という感じだと聞く。しかし、これは米国から見た視点であり、妥当かどうかは客観的な判断が必要である。

 《中国との新大国関係は誤り》

 オバマ米政権の対中政策は、協調主義的な傾向の強い関与政策である。ライス大統領補佐官(国家安全保障担当)は昨年11月の講演で、米中が新たなタイプの大国関係に向けて進むと強調した。しかし、国際法を恣意(しい)的に解釈して周辺地域に軍事力を広げ地域の不安定要因になっている中国が、国際社会で米国とともに大国としての責任を果たす能力も資格もないことは極めて明確である。このような中国と新たな大国関係をつくろうとする米国の国際認識と将来展望は妥当なものといえるのか。

 米国は中国との経済関係を重視し、東アジアで緊張が高まって中国と事を構えるような事態は避けたいという受け身の態度であり、戦略的展望に欠ける。中国と日米に挟まれる多くのアジア太平洋諸国は米国の対中政策に失望しているであろう。しかし、その背後には、アフガニスタン、イラクという2つの戦争で財政的にも心理的にも疲弊し、厭戦(えんせん)気分と内向き傾向が米国内を覆っている点は重く受け止めざるを得ない。

 いずれにしても、米国は、安倍首相は「リアリスト」でなく「ナショナリスト」だと決めつけ、東アジアの緊張を高めているのはむしろ日本だとみて、「困惑している」のである。首相の靖国参拝以降、米国から毎週のように政府関係者、知日派知識人・専門家が来てはこの種の懸念を表して帰る、という状況が続いている。

 《韓国への働きかけも過大評価》

 一方、日韓関係については、北朝鮮情勢の不透明状況がますます強まり、周辺に対する挑発活動が懸念される中、日米韓の連携強化を図ることが必須となっている。そのため、米国は昨秋以来、日韓関係の改善を韓国側にも働きかけてきた。今年以降に改善の兆候を期待していた米国は、今後の対応に「困惑している」のであろう。しかし、米国は韓国への働きかけを過大評価し、日韓関係の実態を見誤っているように思う。

 日本は先の大戦後、日米同盟という道を選択して、安定と発展を目指して努力を積み重ねてきた。安倍政権は、真の平和を希求しつつ、経済と安全保障の両面にわたり国家としての体制整備を一層進めることに専念している。

 しかし、国内にはなお、戦後の誤った平和主義が根強く存在し、安定と繁栄の制度設計は道半ばである。安倍政権が、集団的自衛権の行使容認の問題に代表される、安全保障政策の法的基盤整備に取り組もうとしているとき、この問題と靖国参拝問題を結びつける議論が一部で行われていることに、筆者は「困惑している」。

 日本が戦後、たどった道は多くの途上国から模範視され評価されてきた。三戦(世論戦・法律戦・心理戦)の考え方に基づきデマ宣伝を繰り返す中国の行為は相手にせず、われわれは自信をもって戦後日本が歩んできた道と、重ねてきた真摯(しんし)な努力を国際的に知らしめる必要がある。政策広報を一層拡充し、米国に正すべきを正しつつ日米同盟を強化する努力を払うことは最優先課題である。(もりもと さとし)


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