⽂化⼈類学者、静岡⼤学教授・楊海英
2019/10/18 産経新聞より
⺠主主義を守ろうとする⾹港市⺠のデモが勃発してからはや半年がたとうとしているが、
⽇本政府といわゆる左右両翼の論壇からの発⾔に⽬⽴ったものはほとんどない。曖昧を美
徳とする⽇本らしい、あたりさわりのないコメントばかりで、官⺠⼀体でぎこちない
「⽇中友好」のムードをつくり上げようとしているように映る。いや、⼀党独裁の指導者、
習近平⽒に媚(こ)びようとしているようにすら⾒えて仕⽅ない。
≪中国を熱愛すれば進歩的か≫
沈黙を守り通しているサヨクには「前科」がある。チベット⼈が共産中国の侵略に抵抗して、
1959年にダライ・ラマ法王を擁してインドに亡命し、今⽇に⾄るが、「世界の屋根」で
⼈権が侵害され続けてきた事実を左の論客は取り上げてこなかった。ダライ・ラマ法王が⽇本
を訪れて講演会を開いても彼らは⽿を傾けようとしない。
チベットが侵略された歴史は数⼗年も前のことで、健忘症に陥ったとしても、ウイグルの問題
は現在進⾏形で展開されている。百万⼈単位で強制収容所に閉じ込められ、⼥性たちは性犯罪に
巻き込まれ、児童は親から隔離されている。それなのに左側から批判の声は上がらない。彼らは
⽇本の過去については声⾼に⾮難するが中国については批判しようとしない。
なぜ、普段は⾆鋒(ぜっぽう)鋭い左の闘⼠たちが北京当局を擁護するのか。中国を批判すれ
ば、右翼だとみられるからだ、と彼らは弁明する。中国を熱愛すれば進歩的で、批判したら右
翼。この歪(ゆが)んだ精神構造が戦後⽇本に形成され、国⺠の健全な思考や論陣の発展を阻害
してきたのではないか。
中国は1958年からの公有化政策で⾃国⺠を数千万⼈も餓死させたといわれ、モンゴル⼈や
チベット⼈、ウイグル⼈に対し繰り返し⼤量虐殺を断⾏してきた。世界でも類例をみない独裁政
権の問題を正してどこが悪いのか。⺠主主義国家の正義感ある論客であるならば、中国批判は当
然の責務ではないのか。
左の「友好⼈⼠」は、中国に抑圧されているマイノリティーに冷淡なだけでなく、台湾にも背
を向けてきた。現代台湾の論壇を代表する若い知識⼈で中央研究院の呉叡⼈⽒は次のように書い
ている。
≪被抑圧者の「代弁者」は虚⾔≫
「⽇本の政界における左翼勢⼒はずっと親中的で、台湾を無視してきた」。⽇本が台湾を切り
捨てて中共を選んで以降、⽇本の右翼だけが台湾独⽴派を⽀持してきた。だが台湾独⽴派はもと
もと左翼的思想を抱く⽇本留学⽣だった。本来なら⽇本左翼と台湾独⽴派は⼀卵性兄弟のような
存在だった。それにも関わらず⽇本の左翼と進歩的知識⼈は北京に媚びを売り⺠主主義国家台湾
を裏切った。左翼は弱者に寄り添い、被抑圧者の代弁者だというのは虚⾔であって、強い者、そ
れも独裁政権に恭順な態度を取るのが彼らの特徴である(呉叡⼈「受困的思想」)。
呉叡⼈⽒は、「⽇本の知識⼈たちに裏切られ続けてきた台湾」の運命を嘆き、台湾国⺠をあえ
て「賤⺠(せんみん)」と⾃虐的に呼ぶ。「賤⺠」にも「賤⺠」らしい⾼潔な⽣き⽅があり、そ
れは決して権⼒に媚びることのない⽣き⽅である。強い中共に媚びる先進国⽇本と、弱い台湾の
「賤⺠宣⾔」は正に好対照である。
台湾だけではない。私の故郷内モンゴルに対しても同じだ。内モンゴルもその⼀部は「満蒙
(まんもう)」として⽇本の植⺠地⽀配を経験した。台湾統治と同様に、⽇本は満蒙でインフラ
整備を進め、近代化を促した。モンゴル⼈は真の独⽴を求めたが、「在満蒙左派系⽇本⼈」顧問
たちは頑として反対した。
≪国賓習⽒と何を語り合うのか≫
「蒙古独⽴」に反対していた左派系⽇本⼈顧問団は戦後になって相次いで⽑沢東に平伏して
「反省」の態度を⽰し、「⽇中友好」を謳歌(おうか)した。彼らは戦前にはモンゴル⼈を敵視
し、戦後にはモンゴル⼈を抑圧する中国政府に加担しようとした。台湾も内モンゴルも、左翼に
期待したのが間違いだった。
左の論客たちは現在も時々北京に「朝貢」して「安倍政権の悪弊」を批判するが、中華料理に
⾆⿎を打つ彼らは決して中共がウイグル⼈を虐待していることに触れようとしない。北京で安倍
政権を攻撃して東京に凱旋(がいせん)しても、⽇本では逮捕されることがないどころか、かえ
って「勇気ある論客」としてもてはやされる。本当に肝の据わったサムライならば、天安⾨広場
に⽴って、少数⺠族弾圧をやめろ、と叫ぶべきだったのではないか。
では、右の陣営は堅牢(けんろう)かというと、決してそうでもない。「来春に桜が満開する
頃に、気分良く習近平国家主席を国賓として迎えよう」との天真爛漫(らんまん)な夢を⾒る保
守派もいる。国賓と何を語り合うのか。保守陣営も、安倍政権も「⽇中友好の意義」について国
⺠に説明しなければならない。左右両翼とも、中国との付き合い⽅について、論陣を張るべき時
が来ている、と呼びかけておきたい。(よう かいえい)
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