2013.1.29 産経新聞
東京特派員・湯浅博
いったい、あちら中国はわが尖閣諸島を日本からどうもぎ取ろうとしているのだろうか。すり替え社説の週刊紙「南方週末」にならって、しばし“すり替え中国官吏”として対日戦術を俯瞰(ふかん)してみる。
孫子の兵法に、敵に退路を残しておけという策略がある。そうでないと、敵は死に物狂いで戦うから圧力一辺倒は得策とはいえない。ヘタをするとこちらが傷つくから交渉のドアを少しだけ開けておく。
尖閣諸島に海と空から圧力をかけても、予想外に日本がはね返してくる。これまでなら、親中派や市民派の議員が「中国への配慮」を主張して日本政府に譲歩を迫ったものだ。それが、巡視船体当たり事件の船長を釈放した菅直人元首相ら民主党諸兄は勢いを失って声もない。安倍晋三首相は「日本固有の領土は譲らず」と毅然(きぜん)としているし、日米中のフォーラムで内閣官房参与の谷内正太郎氏からは「1971年まで領有権を主張していなかったのに、現在は武力を用いて主張する」なんて本当のことを言われてしまった。
悪いことに、クリントン米国務長官が尖閣諸島で「日本の施政権を害そうとするいかなる一方的な行為にも反対する」と、当方の施政権崩しの狙いを見透かされてしまった。昨年9月に、楊潔●(よう・けつち)外相の「尖閣を盗んだ歴史的事実は変えられない」という詐術で、欧米メディアの洗脳が功を奏したばかりだ。やり過ぎて、米軍の介入を招いては元も子もない。国務長官の交代を待つつもりだ。
歴史カードによる日米分断がうまくいかないなら、次は日本の国論分断を狙う。ここは孫子の兵法にもどって、少しばかり交渉のドアを開けることにした。こんな時に、使い勝手がよいのは日本の「古い友人」だ。彼らは中国通としてコネを失うのを恐れるから、手招きするだけで飛んでくる。
「古い友人」戦術の成功例は山ほどある。米中正常化交渉の決着をつける75年秋、キッシンジャー米国務長官を相手にささやき作戦をやった。彼はすでに対ソ戦略の“チャイナ・カード使い”として国際的な名声を高めていた。そこで、フォード大統領の訪中がうまくいかなくなるかもしれないと脅してやった。焦ったキッシンジャー氏は、中国通の名折れになるから妥協を重ねたというわけだ。
今回はまず、巨大市場にすり寄る日本の経済界代表を招き、友愛外交の鳩山由紀夫元首相に誘い水をかけた。もっとも、鳩山氏は「国賊」なんて言われてしまうほどの不人気で、まったく役に立たない。
公明党の山口那津男代表は「尖閣主権棚上げ派」のようでもあり、与党の一員だ。定石通り、帰り間際まで習近平総書記に会えるかどうかで揺さぶった。会談の暁には、習氏から創価学会名誉会長の池田大作氏の名前をだして喜ばせた。この先、山口代表が交渉を進めるよう安倍首相を説得してくれるだろう。
清朝の官吏が得意の外交術は「圧力」と「譲歩」を交互に繰り返す方法だ。今後も村山富市元首相や加藤紘一元自民党幹事長ら“チャイナ・ハンド”を使うつもりだ。
帝国主義の常道としては、尖閣周辺に引き続き艦船を送り込むとして、ここは一時退避のふりをする。有利に交渉が運ばなければ、また強力な海洋警察力と海軍力を見せつけてやる。飽きっぽい日本人の疲弊を待つつもりだ。
●=簾の广を厂に、兼を虎に