立命館大教授・加地伸行
2011.7.24 産経新聞
東日本大震災は世界の大ニュースとなった。この大事件に対して、世界のさまざまな国や組織、そして人々が日本の被災者のために義援金を送ってくださった。
ありがたいことである。苦しいとき、つらいときに救援してくださる方こそ、友である。われわれ日本人は感謝を忘れてはならない。
もちろん、義援金の金額は問題でない。しかし、台湾からの約170億円は、近隣諸国の義援金として突出している。
これは、台湾と日本との長い深い関係からきている。しっかりとした親日家が多いからである。
かつて私は台湾に留学した。ちょうど日本が中国大陸と新しく国交を結んだ昭和47(1972)年9月、すなわち同時に台湾と断交した月の翌10月、台湾に渡った。
名古屋大学助教授という国家公務員の身分を前提にして、日本と国交のなくなった台湾が、私を受け入れてくださったわけである。
渡台後の生活において、公私ともになんの差別も受けなかった。のみならず、台湾の学者と私との間の合言葉は、「国家に国境あるも、学問に国境なし」であった。
お蔭(かげ)で、希望すれば貴重な文献を自由に閲覧することができた。例えば、四庫全書(しこぜんしょ)という、清(しん)王朝における最大の国家的企画である巨大叢書(そうしょ)(1782年完成)の原本(台湾が所有・管理)を披見(ひけん)したとき、墨の香りが漂った。墨に依(よ)る写本だからである。その瞬間、まさに日中両国の〈筆硯(ひっけん)の縁〉に感動した。
しかし、この9日付産経新聞によれば、とんでもないことが起こっていたのである。
文部科学省は、東日本大震災の被災地の大学における私費留学生に対して、国費留学生並みに、3月の1カ月分(学部学生に12万5千円)を奨学金として支給することにしたという。それは適切な処置である。
ところがなんと、台湾からの学部留学生は除外したのである。理由は台湾と国交がないためとのこと。
なにを言う。緊急事態なればこその処置において、差別するのか。例えば、被災者に食事を提供するとき、国交がないという理由で台湾の私費留学生を除外するのか。
国交がないので日本国との関係が持てないと言うのならば、台湾の人たちに対して日本へのビザという法的許可がなぜ可能なのか、ということを始め、国交のない台湾に対して法的関係をつくっている例をいくらでも挙げることができる。つまり、事実上は台湾と国交があるのだ。にもかかわらず、今回、なぜ除外するのか。その一方、民間からの義援金なのでと170億円はチャッカリいただきますと言うのか。
「疲馬(ひば)は鞭●(べんすい)を畏(おそ)れず」(『塩鉄論』詔聖篇(へん))と言う。疲れた馬は、判断不能となっているので、いくらむち(鞭●)でたたかれてもまともに走れず、やたらと自分の思うままに進むの意。菅直人首相の今がそれであるが、疲馬も倒れる前に、せめて一つぐらいまともなことをせよ。すなわち文科省の愚行を改めさせよ。
学問に国境はない。『論語』子路篇に曰(いわ)く「君子は文(ぶん)(学芸)を以(もっ)て友(とも)と会(かい)し(友人と交わり)、友を以て仁(じん)を輔(たす)く(たがいに人格を高めることを助け合う)」と。(かじ のぶゆき)
●=竹かんむりに垂