【書評】陳破空『赤い中国の黒い権力者たち』

【書評】陳破空『赤い中国の黒い権力者たち』(幻冬舎ルネッサンス新書)

「宮崎正弘の国際ニュース・早読み」より転載

 陰謀や改ざん、偽情報、秘密工作は飯より好きでなければならない
  腹黒くなければ中国では指導者にはなれないという見えない鉄則がある

                        宮崎正弘

 キーワードは「厚黒学」。この厚黒学というのは、中国語圏におけるベストセラーの題名でもあり、中国国内でさえ『孫子』にこそ及ばないが、数百万部を売っている。要は指導者の必須条件として基本的に腹黒くなければいけないというテツガクを述べている。
底知れぬ陰謀、死を怖がらずにする政敵の暗殺、反対派への血塗られた弾圧、大量の虐殺が共産党のDNAであり、これらの謀(はかりごと)をもって立ち回らなければ中国では出世は叶わないという悪魔のような人生訓である。

評者(宮崎)も中国各地の書店で、この本が山積みされているのを目撃しており、一冊をあがなって、日本の或る出版社に翻訳を持ちかけたところ、すでに邦訳もでていた。

 さて本書は、この「厚黒学」を視座に据えて革命以後の毛沢東、トウ小平、江沢民、胡錦涛、習近平らの行動の軌跡を追求し、いかなる陰謀と裏工作とニセ情報に讒言に、背後からの秘密オルグを重ねて権力基盤を築きあげたかと物語風に綴っている。ミステリー小説を読むようでもあり、波瀾万丈の政治劇が淡々と記されている。

 陳氏は自らが民主化運動に携わって米国へ亡命した経験があるため、独裁体制への鋭い批判が基本だが、民主人権という重要な視点からの共産党批判にはとどまらず、歴史観がもっと広い。

 とくに陳破空氏が注視しているのは軍を掌握するプロセスであり、軍を掌握できなかった胡錦涛の悲劇、毛沢東になろうと必死にもがく習近平の、その権力基盤の脆さを指摘している。

 挿入された逸話は、たとえば廬講橋事件の発砲の犯人とか、いずれも過去の中国研究者が書いてきたことで、取り立てての新鮮な言及はない。
また毛沢東が遺書を書いていて、後継は華国鋒ではなく、江青夫人だったとするあたりは、もうすこし傍証が必要ではないかと思った。林彪の暗殺は決定的証拠がないが、陳氏は最大公約数的な過去の資料からモンゴルでの燃料切れ墜落説をとる。

 1959年の廬山会議は膨徳懐が失脚した政治事件ともなったが、このときなぜトウ小平が助かったのか? その謎は北京で骨折して入院中だったためで、しかし療養中に入院先の看護婦と懇ろになって妊娠させていたそうな。
 著者は天安門事件のおり民主化運動のリーダーとして華南で活躍し投獄された。96年にようやく渡米し、コロンビア大学経済学修士。それゆえ、共産党指導者への批判は激甚であり、容赦がない。

 本書は六月四日に跋文が書かれた。
その日、著者は来日中で、おりから開催された「天安門事件25周年 東京集会」に石平氏とともに記念講演に立った。


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