「中国ガン・台湾人医師の処方箋」より(林 建良著、並木書房出版)
●助け合って生きていく正常な細胞
経済とは一種の交換行為であり、提供できるものを出し合って互いに自他の不足の部分を補っていくものである。こうした活動は共存共栄の土台に立っているからこそ、社会が永続できるのだ。
正常な社会における正常な経済活動では、利益の独占は許されない。なぜなら、利益の独占や富の一極集中はやがて社会全体を崩壊させてしまうからだ。社会全体が崩壊してしまえば、当然、利益の独占者も生き残ることができない。単純明快な理屈だ。
人間社会と同じような経済活動を営む正常な細胞は、そのことを知っている。だから、他の細胞と助け合って生きていく。
胃の細胞が食物を細かく分解して吸収しやすくし、分解された栄養分を小腸が吸収し、静脈が各臓器に送る。肺臓なら、酸素を吸入して血液に運ばせて心臓に送り、心臓がその血液を体の隅々の細胞に運んでくれる。こうして役割を分担しながら共存していくのだ。そこに強者も弱者もない。
もし、肺臓が自分で苦労して手に入れた酸素なんだから、別の臓器にあげたくないと言い出したら、人間はたちまち死んでしまう。もちろん肺も死ぬのだ。
そんな無茶なことを肺臓はしないと思われるかもしれないが、肺のガン細胞ならそういう無茶なことを平気でやる。だから人間は肺ガンで死ぬ。そんな無茶なことをすれば、いずれ自分も破滅すると頭でわかっていても、ガン細胞は利益を独占しようとする欲望と自己中心的な本能には勝てないのだ。
●「劫貧済富」というガン細胞体質の経済
中国のいわゆる社会主義市場経済とはなにかと言えば、公権力による富の略奪と独占の経済であり、富者が貧者から財産を奪い取るというものだ。すなわち「劫貧済富」(貧しい者から略奪して富める者を救済する)である。これはガン細胞体質の経済と言えよう。
中国の経済は、富める者はますます富み、貧しい者はますます貧しくなるというシステムを持っている。これはトウ小平による「富める者からまず富め」という掛け声によってもたらされたと思われているが、そもそもこれが中国の伝統的な経済構造であり、トウ小平によって中国はこの経済文化の原点に立ち返ったのであり、そしてその文化が開花したと言うべきだろう。
このことから、中国がもっとも共産主義にふさわしくない国であることがわかるだろう。共産主義に一番ふさわしい国といえば、むしろ日本の方である。日本には和の精神、つまりみなで均質に分かち合うという精神がある。ところが、中国はそれとまったく違う。
一人の有能で有力な人間が富を創出し、それを他の者と分け合わなければ共産主義という
社会は成り立たない。つまり、強い自己犠牲の精神がなければ成り立たないのである。
しかし、中国にそれはありえない話だ。この国は力がある人間だけが富を蓄えていくのだから、実態は極端な資本主義社会と表現する経済学者もいるが、中国経済はそれよりもひどく、ガン細胞の体質そのものだ。
●死んでなお財産にしがみ付く中国人
西側の社会は資本主義だが、一方で富の再分配の法則が確立している。ボランティア精神、弱者救済の精神、慈善事業の精神、博愛の精神がしっかりと根づいている。
これはキリスト教文明と関係があるだろう。キリスト教社会では、現世よりも来世、永遠の生命を追求し、現世にあるものはいずれ消え去ると考えられているから、このような精神が共有されている。
しかし中国人の場合は、いかにして永遠に死なないようにするかという、現世の生に執着する。そのため、死んでも自分の財産を墓場まで持っていこうとする。
例えば、世界にあまり類を見ない陪葬(ばいそう)の習慣がそれだ。権力者は財産はもとより、側室や家来といった近臣者まで道連れにして己の墳墓の近くに埋葬した。秦の兵馬俑はその象徴だ。始皇帝という大権力者は、何万もの軍隊まで墓場に持っていこうとしたが、それは不可能なので、代わりにあのような人形を作って陪葬したのだった。