【台湾ダイジェスト:7月号】より
迫田 勝敏(ジャーナリスト)
台湾と中国が上海でサービス貿易協定に調印、次は中台双方の出先機関の開設という話
になって、またぞろ『中国問題』がクローズアップされている。協定も出先機関設置もお
互いが国家であれば外交関係の正常化だが、総統・馬英九は「両岸関係は国と国の関係で
はない」とし「一つの中国の枠組みのなかの特殊な関係」という。となると協定も出先機
関も内政問題になる。つまりは、台湾は中国の一部か?
◆「両岸は国と国の関係でない」
馬英九の「国と国の関係ではない」発言はすでに何度も出ている。今回は国民党名誉主
席の呉伯雄が6月13日、中国共産党総書記の習近平と会談した際に伝えられた。つまり馬英
九が呉伯雄の口を通して習近平に話した。台湾総統が中国国家主席に初めて明言したの
だ。しかも「一つの中国の枠組みの中での特殊な関係」とし「台湾独立に反対」とまで言
い切った。
馬英九は「『一つの中国』とは中華民国だ」というのだろうが、それを信じる人は極少
数だ。世界に200近くある国のなかで「中華民国」を承認しているのは20数カ国、主要先進
国はゼロ。ほかはほぼ中華人民共和国を承認している。「一つの中国」といえば大陸中国
と誰もが思う。「一つの中国の枠組み」といえば、台湾が中国の中に入る、つまり統一と
思ってしまう。
◆台湾の未来、馬英九が決める?
台湾は「反攻大陸」で中国と敵対していた蒋介石、蒋経国父子の時代に別れを告げ、民
主化に歩み出してからは、常に中国との距離感が問題だった。敵対の反対は友好だが、友
好イコール統一ではない。だが、敵対を止めた台湾に中国は統一攻勢を仕掛けてきた。ま
ずは経済。台湾企業の投資を歓迎、台湾企業だけの工業区まで用意した。
だが、過度の中国依存は台湾経済の主体性を揺るがし、危険。蒋経国の後を継いだ李登
輝は「戒急用忍」とあわてず急がずの方針を打ち出し、その一方で台湾と中国は「特殊な
国と国の関係」とし、台湾独立は言わず、台湾はすでに独立した主権国家だと主張した。
続く民進党政権の陳水扁は「一辺一国」とそれぞれ別の国だとまで断言し、事実上、中国
からの独立を主張した。ひと言で言えば台湾化。民主化は台湾化でもあった。
それが馬英九政権の誕生で頓挫。急速な中国接近で輸出依存度は40%を超え、台湾の街
にはあちこちに中国人観光客が溢れ、いまや人民元までが流通する。台湾化は一転して中
国化になった印象。馬英九は「台湾の未来は台湾人民が決める」と何度も断言し、持論だ
った「終極統一」は封印してきた。それが今や、一つの中国の枠組みの中の特殊な関係で
国と国の関係ではないーである。前言を翻すのはこの人の得意技。台湾の未来は台湾人が
決めるのではなく「馬英九が決める」になり、封印を解いてどうやら統一路線に舵を切っ
たようにみえる。
◆出先機関は統一工作機関?
その具体策を最近の国民党系のシンポジウムの挨拶で明らかにしている。両岸工作の今
後の重点は1)両岸交流の拡大と深化、2)両岸の弁事処(出先機関)の相互設置、3)両岸
人民関係条例の改正─の3項目だ、と。
1はいわば総論。2は両岸の窓口機関である台湾側の海峡交流基金会(海基会)、中国側
の海峡両岸関係協会(海協会)の出先機関を相互開設する話だ。世論調査では、出先機関
が出来れば、それはいわば大使館のようなものだから、ビジネスマン救出のために司法面
会するなどの対応もすべきと多くの人が期待している。
だが、馬英九はここでも「両岸は国と国の関係でないから出先機関は外交機能を持つも
のではない」と期待を裏切る。中国は出先機関が開設すれば、そこを事実上の統一工作の
拠点とするだろうと野党側はみている。これでは中国のための出先機関開設になってしま
う。そんな懸念もあって出先機関設置条例は与党の一部も反対し、立法院で審議もでき
ず、ペンディングになった。
3は台湾の大学で学ぶ中国人学生に健康保険を与えるといった台湾在住中国人の待遇改
善。馬英九の3項目方針が出る前から中国人花嫁たちが「中華生産党」を結成し(*)、待
遇改善を求める運動を展開、2016年には立法委員選挙に候補者を立てると宣言している。
中国で働く台湾人は不当逮捕されても、一人で戦うしかない。片や台湾の中国人は政党ま
で結成し、待遇改善を求めている。
自由な台湾から中国に進出して活動する台湾人は孤立無援で不当な弾圧に耐える。台湾
の中国人は中国では得られない自由と民主を享受する。確かに中国と台湾は「特殊な関
係」である。
(ジャーナリスト・迫田勝敏)
*中華生産党:
台湾人と結婚した中国人妻たちが2010年2月28日に台湾で結成大会を開いて設立した政
党。党員は設立当初の200人から27,000人に増え、そのほとんどは「大陸花嫁」と言われ
るが、退役軍人や芸能関係者、大学生などもいると伝えられる。台湾人男性と1992年に
結婚、翌年に台湾に渡った福建省龍岩市永定県出身の盧月香主席は2012年4月、毎日新聞
のインタビューに「2016年の立法委員選挙で候補者擁立に向けて準備している」と初め
て明らかにした。結婚により中華民国籍を取得した中国出身者は27万人で、申請者は60
万人以上いると伝えられている。