【古森義久】台湾は日本の味方だ、次期総統候補が日本に求める連携強化

【古森 義久】台湾は日本の味方だ、次期総統候補が日本に求める連携強化 

【JBPRESS:2011年9月22日】

 ワシントンでの報道活動の面白さの1つは、頻繁に訪れてくる世界各国の首脳たちに接す
る機会が多いことである。

 つい最近では、台湾の総統候補の蔡英文氏が訪問し、ワシントンの大手研究機関「AEI」
(アメリカン・エンタープライズ研究所)で演説するのを聞いた。9月13日のことだった。
蔡氏は演説の中で、日本の安全保障にも重大な意味を持つ中国の軍事力増強について懸念
を述べたのが印象的だった。

 蔡氏はわりに小柄で、優しいマナーの女性である。だが、野党の民進党の主席として20
12年1月の台湾総統選挙では国民党の現職総統の馬英九氏に戦いを挑むことが決まっている。

 米国とイギリスで法律を学び、法学修士号と法学博士号を取得した法学者の蔡氏は、李
登輝元総統に引き立てられて政界入りした。民進党の陳水扁政権では副首相まで務めた。
いま50代半ばの温和で質素な感じの人物である。

◆台湾は日本にとってかけがえのない存在

 蔡氏は日本に対しては政策面でも心情的にも極めて親密で、前向きな視線を向ける政治
家である。私は台湾を何度も訪れ、総統選挙を含めての取材で民進党の幹部たちを知り、
蔡氏の政治傾向も知るようになった。

 そもそも台湾は日本に対して特別に温かな態度を保つ「国」である。「1つの中国」の原
則下では日本政府は台湾(中華民国)を独立した主権国家として認めてはいないが、現在
の台湾は独立国家の要件を数多く満たした存在だと言える。

 私は1997年に当時の総統の李登輝氏から招請を受けて、ワシントンから台湾を初めて訪
れた。李登輝総統のインタビューが主目的だった。

 この時の李総統は私の単独会見に4時間以上もの時間を費やし、公私にわたる日本への思
いを熱をこめて語ってくれた。「私は22歳まで日本人でした」「日本は台湾の統治で良い
ことをたくさんしてくれた」「日本精神は素晴らしいと思う」――。

 こんな言葉の数々に私はびっくり仰天した。だが、やがて1週間ほどの滞在でも台湾の住
民の大多数が李総統と同じような温かい対日観を抱いていることを知った。台湾は日本に
とってかけがえのない存在だと認識するようになったのである。だから、ワシントンでも
台湾と米国との動きにはいつも関心を持ってきた。

◆台湾海峡の軍事バランスが崩れている

 蔡英文氏のAEIでの「台湾海峡と世界と」という題の演説は超満員だった。蔡氏は台湾の
政治や経済をグローバルな視点から語り、特に台湾と米国との関係の説明に熱を込めた。
米台両国は相互に「戦略的パートナーシップ」を構築しつつあるというのだ。台湾はなに
しろ安全保障面で米国を最大の頼りにしているのである。

 その安全保障と対米関係について、蔡氏は以下の点を強調しながら語るのだった。

「台湾住民は自己の主権に基づき、中国とは政治体制の異なる現在の国家体制を維持して
いくことを願っています。台湾の将来はすべて住民の自由な意思によって決められるべき
です」

「台湾の平和と安定は、安全保障への誓約と抑止によって支えられなければなりません。
ところが近年は中国が軍事力を大幅に増強しています。特に海軍力の強化により台湾海峡
の軍事バランスは中国側に有利に傾きすぎ、中国の軍事力行使を抑止する台湾側の能力は
信頼性をなくしています」

「しかし国民党の馬英九政権は国防努力を怠っています。私が来年の選挙で政権を取れば、
台湾の適切な防衛を実現するため、米国に新鋭のF16戦闘機を含む近代的な兵器類の売却を
求めていきます」

 蔡氏がこうして提起した中国の軍拡は、日本にとっても同様の懸念を生む動きである。
この点では台湾と日本の安全保障政策は合致するわけだ。つまり、現在の平和と安定が中
国の著しい軍事力増強により揺さぶられるという認識である。

◆台湾が米国に売却を求める新型戦闘機

 一方、米国は「台湾関係法」によって「台湾の安全保障は米国にとっても重大な懸念の
対象である」と明言している。台湾の防衛に必要な兵器類は売却する責務があるという意
味に解釈される規定である。

 台湾は主力戦闘機として1990年代半ばから米国製の「F16」戦闘機を合計160機ほど購入
した。これらはF16の中でも「A/B型」と呼ばれ、現在では旧式となった。台湾政府は2006
年頃からF16戦闘機「C/D型」を新戦力として60機以上、新たに購入することを米国に対し
希望するようになった。だが、米国政府は中国の反発を懸念して台湾のこの求めに応じな
かった。蔡氏の要請はこうした背景の中で改めて表明されたのだ。

 だが、その数日後にワシントンで流れた非公式情報では、オバマ政権はやはりF16戦闘機
の新鋭C/D型は台湾には売らず、A/B型のアップグレードで抑止力の向上を求めることに
したという。蔡氏のワシントンでの懇願は実現されなかったようなのだ。

 一方の中国は戦闘機を合計1400機ほど保有し、どんどん新型機を導入している。

 台湾海峡に向けては、旧ソ連から購入した「スホイ27」「スホイ30」という戦闘機に加
え、「殲-10型」から、最新鋭のステルス戦闘機「殲-20型」までを配備しようとしている。
蔡氏は中国空軍のこうした戦闘能力の増強に対応してF16 C/Dを求めたわけだ。

 米国の議会では、台湾の空軍の窮状への理解は広範に存在する。2011年8月には下院議員
百八十数人、上院議員45人が連名でオバマ大統領に書簡を送り、中国軍への抑止として台
湾にF16 C/Dの売却を許可することを要請した。

 この230人近くの連邦議員たちは民主、共和両党を含む超党派だった。このためオバマ政
権がもしF16 C/Dを今回、台湾に売らないことを正式に決めれば、米国議会からは多数の反
対の声が巻き上がることとなる。蔡氏にとっても、「ワシントンの台湾の友人たち」の影
響はときに極めて大きいから、なお議員たちの動きに希望を託すこととなろう。

◆台湾が日本に求める安全保障上の連携強化

 蔡氏はまた次のような発言もした。

「台湾は単に台湾海峡の情勢を気に病むだけでなく、米国との他の地域での連携、そして
東アジア地域全体での米国とその同盟諸国との連携を強化することにも努力を注がねばな
りません」

 表面だけ見れば、この言葉はごく当然と受け取られるだろうが、よく吟味すると、蔡氏
がアジアでの米国の同盟諸国、つまり日本にも安全保障上の連携強化の手を差し伸べてい
ることが分かる。日本としても無視すべきではない外交触手だと言えよう。

 講演が終わって台湾の記者団たちとも言葉を交わす蔡氏に「日本の記者ですが・・・」
と声をかけると、蔡氏の表情が一瞬、目に見えてなごやかになった。日本への親近感がう
かがわれる反応だった。

 こうした一瞬の印象だけで、政策面を推察することは危険だが、日本には少なくとも日
頃から連帯感を持っているという感じの対応だった。こんなところにも日本にとっての台
湾の重要性がにじむように感じたわけである。

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古森 義久 Yoshihisa Komori
産経新聞ワシントン駐在編集特別委員・論説委員。1963年慶應義塾大学経済学部卒業後、
毎日新聞入社。72年から南ベトナムのサイゴン特派員。75年サイゴン支局長。76年ワシン
トン特派員。81年米国カーネギー財団国際平和研究所上級研究員。83年毎日新聞東京本社
政治部編集委員。87年毎日新聞を退社して産経新聞に入社。ロンドン支 局長、ワシントン
支局長、中国総局長などを経て、2001年から現職。2005年より杏林大学客員教授を兼務。
『外交崩壊』『北京報道七00日』『アメリカが日本を捨てるとき』など著書多数。