【再度掲載】日本人を感激させた蒋介石発言「以徳報怨」の背景

【再度掲載】日本人を感激させた蒋介石発言「以徳報怨」の背景

【編集長の一言】いまだに日本の親台湾派政治家がリップサービスのつもりで蒋介石を讃えながら台湾人の集まりで挨拶する。嘆かわしい限りだ。

              台湾独立建国聯盟主席 黄 昭堂

■台日関係と「蒋介石恩義論」

台湾は日本の最初の植民地であり、1895年から1945年まで、日本の支配を受けた。日本の敗戦に伴い、台湾は中華民国国民党政権の支配下に入って今日に至っているが、50年にわたる日本の台湾支配は、いまでも大きな影響を残している。

日本の台湾領有の目的は、収奪よりも領土の拡張にあった。教育を通じての台湾人の文明度の向上、衛生の改善を通じての居住環境の向上、基礎建設、産業建設を通じての生活向上などは、収奪の視点からのみでは解釈はできない。ただ、植民地人である台湾人への高圧的態度は、台湾人に不愉快な思い出を残し、この50年にわたる植民地時代に対する客観的評価を困難にさせているのである。

加えるに、蒋介石、蒋経国父子は、台湾解放者としての自分たちの功績を際立たせるため、日本の台湾統治を醜悪化することに専念した。かれら自身、それに国民党の高級幹部を含め、戦後、一貫して親日的態度をとる反面、日本文化の台湾流入を阻止し、また、台湾に残存する日本文化の追放につとめた。端的にいえば、それは、日本の書籍はもちろん、歌まで輸入禁止にしていたことでもわかるように徹底したものであった。台湾人が親日的になるのを阻止し、日本との親交関係を国民党政権が独占する政策をとったのである。

元来、台湾人は多かれ、少なかれ、植民地時代には日本人から屈辱的な仕打ちを受けているのだが、日本に代わって台湾の支配者になった中華民国国民党政権の横暴さを経験してからは、一転して日本に好感を示すようになった。それが蒋介石たちをあわてさせたのだ。

コミンテルンのおかげで、蒋介石は身を起こすことができたのだが、1927年に反共クーデターで政権を握ってからは、後半生を反共に捧げた。もし、日本が満州事変を起こさず、さらには支那事変を起こさなかったら、中国共産党をせん滅できたはずだと、彼は晩年になっても残念がっていた。彼にとって、日本はいくら憎んでも憎み足りない存在であったはずだ。その彼が一転して親日家になったのは、中国共産党との対抗上、日本の中華人民共和国への接近を阻止し、日本の中華民国支持を得る必要性に迫られたからである。反共政治家としての面目躍如たるものがある。

他方、日本の反共政治家も蒋介石政権の存在を必要とした。中華人民共和国の国際的影響力の増大を阻止するためにも、国際連合安全保障理事会常任理事国としての「中国」のイスを占める政権の存在が必要であり、蒋政権がその役割を担うのに役立つからである。かくて、1950年代に「蒋介石恩義論」というデマゴーグが展開された。その内容はつぎのとおりである。

(1)北海道がソ連の占領を免れえたのは、蒋介石総統が九州占領の権利を放棄して、これを阻止したからである。

(2)天皇制を護持できたのは、蒋介石総統がこれを強く主張してくれたからである。

(3)中国派遣軍と、在中日本人を蒋介石総統は無事に送還してくれた。

(4)500億ドルにのぼる対日賠償請求権を蒋介石総統が放棄してくれたから、日本はスムーズに復興できた。

内容的には、大方の日本人の肯けることばかりだ。その結果、左派は別として、日本国中に蒋介石賛美が浸透した。

そのころ、台湾人は台湾に脱出してきた蒋介石の圧制に苦しんでいた。47年の国民党中央政府軍による弾圧(二二八事件)につづいて、49年から50年にかけての政治反対者の大量逮捕、37年にわたって続いた戒厳令の発布、国会議員の終身制、秘密警察(特務)の跳梁……。

台湾人の苦しみを横目に見て、日本の政治家は言う。「蒋介石総統を支持しなくちゃ」。そしてこの「蒋介石恩義論」は、いまでも根強く残っている。紙数に限りがあるので、簡単にいうと、真実はこうである。

■蒋介石の対日賠償放棄はウソである
対日戦争で勝利を得た蒋介石ではあるが、重慶に逃げ込んだままになっていた彼が、中央政権を握るためには、中共軍との熾烈な内戦に勝たねばならない。したがって、日本本土に国民党軍を送る余裕はあろうはずはなく、また、中国に派遣されていた日本軍が中共軍と手を結ぶのを阻止するには、彼らを一刻も早く、日本本国に送還する必要があった。

天皇制存続が可能になったのは、むしろ米国の知日派の主張によるものだ。賠償放棄に至っては蒋介石が自ら思い立ってそうしたものではなかった。

1951年に日本が台北で蒋政権と「日華平和条約」締結交渉をしたさい、蒋政権は「国民感情が許さない」と称して、賠償を強く要求した。日本側は、中華民国政府は台湾しか支配していず、中国本土に支配権を及ぼしていないとの理由で、その要求を蹴り、一時は交渉が中断し、日本側代表団は本国に引き揚げた。最終的にはダレス米国務長官が蒋介石に圧力をかけて、賠償要求を断念させ、そのかわりに、条約の議定書に「中華民国は、日本国民に対する寛厚と善意の表徴として、……〔賠償請求権〕を自発的に放棄する」旨を盛り込み、蒋介石の面子を保ったのである。この経緯は、外務省編集の『外務省の百年』(原書房)で明らかにされている。

ついでながら、哀れをとどめたのが中華人民共和国である。後年(1972年)、日本と国交を回復するにあたって、中国政府は日本に500億ドルの賠償を要求したが、「この問題は1952年の日華平和条約で解決ずみだ」と、日本側に一蹴され、とうとう一銭も賠償金を得ることができなかった。

この観点からいえば、日本は結果的に蒋介石から恩義を蒙ったことになる。蒋介石が利用されたといえないこともない。

ともあれ、日本政府、自民党と国民党政権は、その親密度を増やしていく。かつ、一人歩きを始めた「蒋介石恩義論」によって、一般の日本人も台湾人の苦しみを横目にみながら、国民党と仲良くなっていくのである。

■最後まで蒋政権を支持した日本
現在の台湾経済は、多くのアジア諸国のなかでは相対的に発達しているといえる。その原動力は(1)台湾人の能力と勤勉さ、(2)日本が残した建設が素地になっている、(3)米国が15年の間に供与した計30億ドルにのぼる軍事・経済援助、(4)農民、労働者、環境汚染の犠牲の上に成り立っている。主としてこの4点にあった。

台湾人は日本との50年にわたる「共同生活」によって、その消費性向は日本化した。地理的にも近いため、輸送費は安あがりである。ともに島国であるので、コンパクトに仕上げられる製品は、台湾の需要にマッチする。日本語が通用するので、製品、機械の活用上、便利だ。これらの理由により、台日間の貿易、殊に日本からの輸入は、「先天的」に発展する素地があった。

台湾への投資についても同様のことがいえる。言語(日本語)が通用する便利さと、それを通じての意思疎通が比較的に容易であること、地理的に近接し、かつ労働の質が高いことなどが、日本の台湾投資を促した。国民党政権による戒厳令が、台湾労働者の集団争議やストライキを不可能にしたことも、「安定」を必須条件とする外国人投資家にとっては魅力だった。中華人民共和国と国連の場で、「中国代表権」を争う国民党政権にとって、外国からの投資は、自分を支持する証しであるとともに、投下資本そのものが人質になる。「投資人質論」である。この観点から、国民党政権は外資導入をさかんに推進した。こうして、日本の台湾への投資、台日貿易は増加の一途を歩んだ。

日本と蒋政権との関係が一時大きく挫折したのは1972年のことである。

この前年の71年7月に、ニクソン米大統領が、蒋政権と対立関係にある中華人民共和国への訪問予定を発表(実際には72年2月訪中)、つづいて10月に蒋政権は国連を追われ、中華人民共和国政府が中国の代表として、安保理と国連総会の席を占めた。

これに先立ち、日本と米国は、蒋介石に、「台湾」の名で国連総会にとどまるよう説得したが、功を奏しなかったのである。

大勢すでに去ったのを見て、日本は72年9月に中華人民共和国と国交を樹立し、同日、蒋政権が日本と断交するという形で、台湾と日本との正式の外交関係が切れた。日本は、蒋政権が国連を脱退するまで、つまり、最後の最後まで、国連の場で、蒋政権を支持してきた。「蒋介石恩義論」の延長である。日本の蒋政権支持は、中華人民共和国による台湾侵攻阻止に役立ったとみるむきもあるが、果たして本当だろうか。

台湾は日本にとって大事な貿易パートナーであり、安心できる投資先でもある。台湾が中華人民共和国の手中に入れば、日本は南で共産主義国と国境を接することになり、心理的にも脅威感が増大する。また交通面では、航空識別圏の問題で、空路不安が生じ、海の貿易航路でも安全性の問題が生じる。だから、日本としては、できるかぎり、台湾を中華人民共和国に渡したくはない。日本にとっての国益の発露である。国益の追求は、現今の国際社会では至極当然のことであって、非難すべきではない。

ただ、蒋政権への強力なバックアップが、蒋介石の自信を強め、彼をして最後まで「一つの中国」に固執させ、「自分こそ中国の唯一の正統政府」という神話をとりつづけることを可能にしてきたといえないだろうか。

58年に米国は蒋政権に「大陸反攻」を断念させたが、日本が、あの時点から蒋政権に対して、不即不離の形で、つまり、強力なバックアップをせずに、緩やかな政策をとっていたならば、蒋政権はあれだけの強気の「一つの中国」論を展開できなかったはずだ。「蒋介石恩義論」は蒋介石を不毛の強気に追いやっただけである。


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