【中国株価暴落】金融クーデターか

【中国株価暴落】金融クーデターか

「ヴェクトル21」9月号より転載
           

           鈴木 上方人(すずき かみほうじん)中国問題研究家

●株をあげろと卒業生に命令

去る7月5日、中国トップクラスの大学である清華大学の卒業式が行われた。この記念すべき日に卒業生たちは全員、中国政府から一通の文書を配られた。それは「政府の指示に従え。株価を上げろ」という「お祝い」のメッセージだった。これから世の中に船出する卒業生へ送るこの露骨な一言こそが、習近平政権の苦境を物語っている。

中国の指導者になった習近平はすぐに反腐敗運動の名の下で権力闘争を展開させた。ハエもトラも(小物も大物も)叩くその姿勢は、貧富の格差に喘ぐ庶民たちから拍手喝采を受けた。それに気を良くしたか、習近平は海外へ逃げた高官をも捕まえようと「猟狐行動」と名付け、どこへも逃げ場はないのだとキツネ(汚職官僚)を地球の果てまで追いはじめた。

しかし、この万民に受け入れられたかのような反腐敗運動でも副作用はあった。そもそも中国の高額消費の大半は、腐敗によるものなのだ。反腐敗運動は高額消費に一撃を与え、消費不振につながった。結果的に、減速に転じた中国経済へ追い打ちをかけてしまったのである。反腐敗運動が元々高い中国の失業率をさらに悪化させ、社会全体を不穏な状況に陥らせた。

●庶民から金を巻き上げる

ゆえに経済成長の減速を防ぐことは習近平政権の喫緊の課題であると言っても過言ではない。ただし、中国は手持ちの経済振興カードをここ十年の間に使い切っており、消費不振に陥っている。残された経済振興策は、国営企業の投資拡大に頼る以外に手段がないのだが、結果として国営企業も銀行も過大な投資を強いられ、天文学的な赤字を抱える羽目になった。その危機を解消すべく、株に目を付けた習近平政権は、国民から金を巻き上げて国営企業と銀行の赤字解消を図ると言う策に出た。

●「AIIB」も「一帯一路」も株価を上げる材料

株価をあげるためには話題と材料が不可欠であることは万国共通だが、中国となるとそのスケールも一際大きい。習近平政権の話題と材料とは「AIIB」(アジア投資銀行)、「一帯一路」プロジェクト、「国家産業基金」、「中国製造2025」(サプライチェーンの国産化)などがある。中国政府はそれを株価上昇の材料として人民日報などの機関紙を通じ、国民に株を購入するように盛んに吹聴していた。中国人であれば、国が絶対上がると保障する株に手を出さないはずがない。多くの投資者は手持ちの資金だけでなく、闇金融から借金をしてでも株に投資した。実際、中国の上海A株指数は2014年の6月から一年間で260%に上がるほど急騰した。そもそも一年間で株価がそこまで上がることは異常という他ない。経済成長の指標となる鉄道運送量が低迷しているなかでの株価上昇はバブルそのものだ。結局上海株は6月12日の株価を頂点として、一か月の間に30%も暴落した。

●株投資者は知識も経験もない

中国共産党政権下の株式市場は1990年12月19日に始まり、24年の歴史しかない。その中国は早々に空売りのできる信用取引とわずかな資金で多くの株を購入できるレバレッジ取引を導入した。まるで幼稚園生がダンプカーを運転するような危なっかしい株式市場だが、口座を持つ中国人は9000万人を超えている。株投資者の半数は株購入歴一年未満であり、8割は高校以下の学歴である。この事実は何を示しているかと言えば、大半の株投資者は知識も経験もなく、彼らは政府に扇動させられて株を買った一般庶民である。今回の暴落によって返済不能による破産や一家離散になる投資者は少なくない。政府に騙されて無一文になった彼らはやがて習近平政権を倒す急先鋒になるだろう。

●株価対策で株式市場を殺す

この株価の大暴落に慌てふためいた習近平は「手段を選ばず、株価をあげろ」と指示した。彼の命令を受けた李克強首相は前代未聞の株価対策をとった。IPO(新規株式発行)を停止し、三分の一に上る銘柄の取引を凍結し、国営企業に資金を出させ、「4000点になるまで売るな」と株を購入させたのである。更には警察力をも使い、「悪意ある」信用取引を取り締まるとともに空売りを禁止した。

本来株式市場とは、企業が不特定多数の投資者から資金を集める極めて資本主義的なツールである。情報の公開と公平さが保障される厳格なルールによって初めて機能するものなのだ。政府による株価操作などは株式市場の精神に反し、市場を殺す行為でしかない。つまり、自由開放によって活気を得るはずの株式市場を一党独裁の手法で操縦した習近平政権は、株式市場を救うどころか株式市場を潰してしまったのだ。

●「金融クーデター」と断言する北京大学教授

習近平が恐れている「悪意ある取引」とは何か。それは習近平の政敵である「江沢民・曾慶紅」一派による仕返しであろう。李克強首相は国務省内部での会議において「これはやつらの襲撃だ」と叫び、机を叩いて「暴力的な手法で反撃しろ」と指示したそうだ。北京大学の王建国教授も今回の暴落を「金融クーデター」と主張し、このような操作をできるのは内部の政治状況や中国特有の金融事情に精通している国内の専門家集団であると断言している。王建国教授は言外に、株価の暴落は人為的な陰謀として「江沢民・曾慶紅」一派の仕業だと匂わせている。この説は習近平の慌てぶりからして、信ぴょう性はかなり高いと言わざるを得ない。香港の消息筋によると、江沢民一派は2011年からこの事をすでに準備しており、動かせる資金は数兆人民元に上っているという。

●無闇に敵を作る習近平

現在も習近平は反腐敗運動の名のもとに、政敵との権力闘争を展開しながら一般庶民に対しても言論統制を強め、人権派弁護士を百名以上も拘束するなどの圧政を敷いている。対外的にも、彼は東シナ海で勝手に航空識別圏を設定し、南シナ海には埋め立てによる人工島を強引に造っている。彼は無闇に内部と外部の敵を作り、自ら多面作戦を強いられているのだ。これらのことを見ても分るように、知的教養の乏しい習近平のやっていることというのは、何の哲学の裏付けもない子供の遊びに似たものなのである。

中国復興の夢を掲げ、習近平をここまで突き動かすものは、日本に対する劣等感であろう。それ故に彼は派手に抗日戦争の「勝利」を宣伝して挑発的な態度で日本と対峙しているのだ。しかし、習近平の本当の敵は日本ではなくて中国国内に存在しているのだ。そう考えると株式市場の崩壊は「金融クーデター」と言えなくもないだろう。


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