【中国にノー】台湾地方選で示した嫌中感情

【中国にノー】台湾地方選で示した嫌中感情

「ヴェクトル21」2015年1月号より転載

      鈴木 上方人(すずき かみほうじん) 中国問題研究家

●親中国勢力VS反中国勢力

11月29日に行われた台湾の統一地方選挙で、与党国民党は大敗を喫した。一部の日本のマスコミはこの選挙結果を野党民進党の勝利と報道しているが、これは全く的を射ない論調であり、日本の報道関係者が如何に不勉強で台湾事情に疎いかと言う証左となった。

今回の選挙戦を一言で言うのならば、親中国勢力と反中国勢力の戦いであった。旗色をこれほどまでに鮮明にした戦いはかつてなかったのである。しかし、親中勢力の馬英九国民党に立ち向かって勝利を勝ち取ったのは民進党ではなく、若者を中心とした厳密な組織を持たない一般人であった。確かに、民進党は親中勢力ではない。だが、反中勢力でもないのだ。

●中国傾斜政策は陳水扁政権から始まった

日本のマスコミではよく「独立志向の民進党政権」という表現が使われている。それは無理もないことで、実際に多くの日本の台湾ウォッチャーも同じような過ちを犯しているのだが、これは事実ではない。民進党には確かに独立綱領が存在している。だが実際には、2000年に政権をとってから独立路線を事実上放棄していた。正確に言えば、台湾の中国傾斜というものは2001年の民進党の陳水扁政権から始まったのである。

政権をとった直後の陳水扁は、中国傾斜路線を強く主張する蕭万長を「経済総設計師」とし、二回の経済発展会議を経て李登輝政権時代の「戒急用忍」(急がず忍耐強く)という中国と距離を置く政策を完全に捨て、資金の中国流出のみならず、高度の産業技術までをも解禁して中国に抱き込まれる方向へと舵を切った。その瞬間から、「台湾の子」と自称する陳水扁は完全に台湾を裏切ったのである。

●格差を広げた中国傾斜政策

2008年に民進党から政権を奪った馬英九は蕭万長を副総統にし、陳水扁の中国政策を継承して更に中国傾斜路線を加速させた。結果として、台湾経済の中国依存は益々深まった。中国に依存する事で恩恵を享受できたのは、一握りの「紅頂商人」と言われる中国高官と癒着した巨富を築いた者のみである。その代表的人物と言えば、シャープの買収劇で日本でも有名になった鴻海集団の郭台銘がそうだ。

その一方、企業の中国進出によって台湾の産業空洞化が急速に進み、辛うじて台湾に止まる企業も洪水のような中国製品に市場を奪われ、庶民には仕事がなくなっている。失業率の上昇に連動して台湾の労働賃金は低下し続け、労働者の給料所得の水準は16年前に落ちてしまうほど極端に所得格差が広がったのである。

更に、中国進出で財をなした富豪たちが都会の不動産を買い漁ったために、不動産の価額は釣り上がった。現在では、台北市内の不動産の価額は東京都内の同等の物件よりも倍以上の値が付いているため、若者は一生働いたとしても都会ではマイホームを手に入れることは不可能となった。

●ブレーキ役を果たそうとしない民進党

台湾人は所得低下と物価高騰とのダブルパンチに喘ぐだけでなく、巷に溢れた中国人による治安の悪化にも頭を悩ませている。馬英九政権は、こうした台湾人の気持ちを分かっていながら黙殺し、狂ったかのように中国に傾斜していった。

何よりも台湾人の無力感を更に深めたのは、中国傾斜へのブレーキ役をまったく果たそうとしない民進党だった。民進党は2012年の総統選挙で負けると、党内では「中国に信任されていないから負けた」とし、「独立綱領を凍結しろ」という意見が平然と出たのである。こうして与野党ともに中国傾斜の政策を競っている中、台湾国民の絶望感が益々深まった。

●台湾を救った「太陽花学生運動」

絶望の淵から台湾を救ったのは、中国とのサービス貿易協定に反発して国会を占拠した学生たちであった。彼らは与野党ともに不信感を抱くだけでなく、現存の政治制度そのものも信頼していない。だから機能しない民意の府である国会を占拠して「中国にノー」というメッセージを世界に発したのだ。

後に「太陽花学生運動」と言われるこの義挙は、一瞬の花火では終わらなかった。三週間にわたる国会占拠の後、彼らは「遍地開花」という戦略を立て、台湾社会の津々浦々に地に足の着いた草の根運動を始めた。彼らは各大学で座談会を開き、台湾の街頭では即席の演奏会や演説会をし、台湾の中国傾斜の危険性を分りやすく訴え続けた。同時に彼らは反中国感情を共有している香港の若者たちにも連携して共同戦線を張る。香港の「雨傘革命」は、まさに台湾の太陽花運動と表裏一体だった。

しかし血迷う馬英九はその大きな流れに頑なに抵抗し、氷山にぶつかるタイタニックのように親中路線を堅持したままで選挙戦に突入した。馬英九は目前の状況を直視する事が出来ず、正常な判断さえも出来ないのか、選挙後も「今までの路線は正しかった」とし、「悪いのはネットユーザーとマスコミだ」とブラックユーモアさながらの結論を出した。

●象徴になる台北市市長選

今回の選挙戦に於いて象徴的な戦いはやはり台北市の市長選であろう。
実質的に一騎打ちとなった台北市長選だが、国民党候補連勝文と無党派の柯文哲とは対極的な存在だった。連勝文は連戦国民党名誉主席の長男で、立候補を事前に習近平に報告するほどの親中派だ。連一族は権力を利用して利権を貪り、数千億円に上る財産を築き上げている。その腐敗体質はまさに中国的そのものであり、台湾人からすれば連勝文こそが打倒すべき親中国勢力の権化である。

対する柯文哲はごく普通の台湾人家庭の出身で苦学の末、台湾大学医学部の教授になった人物である。彼はアスペルガー症候群(自閉症の一種)患者ではないかと揶揄されるほど人付き合いが極度に苦手な事で有名であり、30年間務めた職場で友人の一人もいない怪人である。この二人が中国勢力と台湾勢力の代表として戦った末に、柯文哲が25万票の大差をつけて連勝文を下した。

●世界に波及する「中国嫌い」の流れ

台湾人はこの選挙を通じて中国に明確にノーと言った。国民党の大敗はそのまま中国に対する嫌悪感の現れと言ってよいだろう。台湾人はこのメッセージを国際社会へ送り届けた。ニューヨーク・タイムズ、CNN、BBC、「ドイツの声」、ガーディアンなど世界の大手マスコミはこぞって「親中勢力にノー」と的確に核心を捕えて報道しているが、中国は「一地方選挙に過ぎない」と平静を装っている。にもかかわらず「今までの交流を大切するように」と公式にコメントを出し、台湾人の中国離れを牽制しようとしている。しかし「中国嫌い」の流れは台湾に止まらず、世界隅々までに波及するであろう。


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