「中国ガン・台湾人医師の処方箋」より(林 建良著、並木書房出版)
中国犯罪のもう一つの特色、組織的かつ国家的ということでは、薄煕来事件が格好の例証だ。
二〇一二年三月十五日、重慶市トップである重慶市共産党委員会書記の薄煕来が解任され、のちに中国共産党の中央政治局委員および中央委員会委員の役職も剥奪され、九月二八日に党中央規律委員会より党籍をはく奪され公職も追放された。た。薄煕来失脚が瞬時に世界のビッグニュースとなった。
薄煕来は重慶で「唱紅打黒」(革命歌謡曲を歌え、マフィアを撲滅せよ)キャンペーンで名を馳せ、中央の次世代指導者の一人とみられ、中国の権力の核心である中央政治局常務委員会入りも囁かされるほどだった。
薄煕来がいったん失脚すると、犯罪事実が次から次へ当局によってリークされ、マフィア撲滅の英雄から巨悪の犯罪者として中国のマスコミに袋叩きにされた。これもまた「打落水狗(水に落ちた犬は叩け)」という中国独特の文化なのだ。
リークされた情報によると、彼は警察と司法を利用してのマフィア撲滅運動によって没収した一兆三千億円ほどの財産のうち、四千八百億円もの大金を自分の懐に入れたという。 重慶市の警察も司法も、薄煕来がつとめていた共産党委員会書記の管轄下であるから、彼はマフィアであろうと誰であろうと、合法的に死刑にしてその財産を奪いとることができたのだ。
●仲間であっても用済みなら消す
中国の法は権力者のための道具であることを、薄煕来の事件からも窺える。そして彼は、法の手続き経ない殺人にも関与していた。
皮肉なことに、この私的殺人を暴露したのが彼の側近だった王立軍だ。重慶市の公安局長をつとめる警察のトップとして薄煕来と手を組んできた王は、自分も薄煕来に殺されるのではないかと危険を感じ、二〇一二年二月六日、成都にあるアメリカ総領事館に政治亡命を求めて逃げ込んだ。しかし、亡命を受け入れらなかった王はその翌日、国家安全部により「休暇式治療」を受けるということで北京に連れて行かれ、九月二四日に四川省成都市中級人民法院で収賄と職権乱用の罪で一五年の実刑判決を言い渡された。
●側近の人間でも用済みとなったら消すのがガン細胞の思考である。
しかし、薄煕来は不法蓄財や殺人などの「犯罪」によって失脚したわけではない。太子党の一員である彼は、同じ太子党の習近平に取って代わろうとするむき出しの野心が警戒され、ついにもう一つのガン細胞で、習近平とは近い関係の胡錦濤をトップとする中国共産主義青年団出身者の派閥「団派」との権力闘争に負けただけなのだ。薄煕来と王立軍の関係が、胡錦濤・習近平と薄煕来の関係に移ったに過ぎない。
次から次へ出てくる彼にまつわるスキャンダルの暴露は単に一種の見せしめであり、薄煕来の残党に対する警告なのだ。
薄煕来ぐらいの蓄財や犯罪なら、中国の直轄市や省の書記レベルの高官はみなやっていることだ。中国国家主席の胡錦濤はチベット書記の時代、十万人以上のチベット人を殺している。
中国の権力者にとって、蓄財や殺人は罪ではなく、地位が安定しているなら評価すべき能力なのだ。そのスケールが大きければ大きいほど、国家の指導者にふさわしいとみなされる。ちなみに、毛沢東は自国民を数千万人も殺した。それゆえ今でも中国では絶大の人気を誇っている。
●日常化・制度化した中国の組織的犯罪
著書『中国現代化の落とし穴』が発禁処分を受け、当局に狙われたため、アメリカに亡命した中国人経済学者の何清漣は、この本で中国社会の構造的病弊と腐敗の根源を衝いた。その後の『中国の闇─マフィア化する政治』では中国の権力者とマフィアとの結託による犯罪図式を克明に分析している。
何清漣の緻密な調査により「黒社会が権力者に近づきワイロを贈り、権力の後ろ盾を求める」「権力者も黒社会を利用し相互に利用しあい」「最後は黒社会のボスが権力そのものに入っていく」「そして国家そのものが腐敗していく」過程を、実例をあげながら詳しく描写している。
彼女は、こうした中国の犯罪は歴史的背景や社会構造によるものだと分析し、組織的犯罪そのものが中国社会の中で日常化し制度化していると強調している。