【レポート】「台湾の対中経済政策を考える」シンポジウム

「台湾の声」【レポート】「台湾の対中経済政策を考える」シンポジウム

記者:多田恵

4月10日の午後、東京都内で「台湾の対中経済政策を考える」シンポジウムが行われた。主催者は「日台交流をすすめる会」(廣瀬勝代表)で、3時間半にわたるこのシンポジウムには、約70名の聴衆が参加し、熱心に聞き入った。

最初に登壇したのは台日経済文化協会の黄天麟会長で、「変わるアジア経済と中国の脅威」という題で講演した。黄天麟氏は第一銀行董事長出身で国家安全会議の諮問委員、陳水扁政権では国策顧問を務めた。

日本の経済の低迷について、多くの日本の研究者はバブル崩壊が原因だとするが、実際には中国と韓国の経済的躍進が主要な原因である。これによって雁行型経済発展は崩れてしまった。

日本・台湾・中国の経済発展のポイントは自国通貨の切り下げであった。為替政策は経済的主権であり、日本がこれを放棄していることは問題である。

1999年に日本で行われた地域振興券の効果が見られなかったのは、その金が中国製品の購入に向けられたからである。

中国はアジアの雁行型経済発展の先頭になることはできない。なぜなら、中国経済はブラックホールだからである。中国の経済的躍進の資金は外国から入っており、他方、貿易でも輸出が大きく超過している。

小さな台湾が大きな中国とFTAのような関係に入ることは、「引力の法則」「周辺化の法則」から、中国の植民地化を選ぶようなものである。

現在のアジア経済は、いかにしてこのブラックホールに取り組むかという課題がある。

アベノミクスでマイナス金利を行っても期待された効果が見られないのは、人民元の過小評価の問題がある。マイナス金利を行っても、生産地が中国ということでは効果が表れない。

IMFは「人民元は過小評価されていない」としているが、これは中国の宣伝戦の成果であり、事実ではない。

この問題についての指摘は、日本では見られず、「近隣窮乏化」という指摘が行われたくらいである。

貨幣戦争にどう立ち向かうのか。中国はまだゆとりがある。

日本は現在のままでは自滅の道を辿っている。たとえば、(1)良い円高論、(2)中国との共同体論、(3)少子化の放置である。

中国と経済的に一体化することの問題点は、まさに対中投資を累計で4から5千億ドル行ってブラックホールに呑み込まれた台湾経済の失速を見れば分かる。

為替政策について、中国、韓国、台湾は放棄していない。日本がこれを放棄しているのは、国家主権に関わる重大な問題である。

中国が目指す「中国夢」は、13世紀のモンゴル帝国の復活である。中国の第13回5ケ年計画では、2020年にGDP90兆元を目標としている。

このブラックホールに呑み込まれないためには、日本と台湾が協力関係を強め、また、中国への工場移転をしないようにする必要がある。

次に、メールマガジン「台湾の声」の林建良編集長が「蔡英文政権の誕生で生まれ変わる台湾」という題で講演を行った。

蔡英文氏の生い立ちから総統当選までの過程を紹介し、政治家にしては珍しく、「成長する政治家」だと高く評価する一方で、今回の当選を可能にしたのは若者の力だと分析した。

若者たちは、「野いちご運動」という反中国運動を行い、2013年8月には、軍中リンチ事件への抗議を行い国防法を改正させた。民進党にはそれほどの動員力はない。また、指導要綱問題では高校生がデモを行い自決者まで出た。その影響をうけ、香港でも独立運動が起こったほどだ。台湾がアンチ・チャイナの源になっている。

総統選挙結果が示したことは、(1)若者の力が無視できなくなること、(2)台湾人意識の完成、(3)国民党の終焉である。

黄天麟氏の講演で中国はブラックホールであるという話があったが、台湾の課題は、いかにしてブラックホール −中国の政治・経済の引力− とは逆の方向へ向かうかということだ。

台湾は、中国に近づけば日本から遠ざかり、日本に近づけば中国から遠ざかる。邪悪な中国と一緒になることは果たしてよいことか。

台湾の若者は、第二外国語選択の際、ほとんどの高校生が日本語を選ぶほど、親日的である。李登輝総統時代に行われた「認識台湾」(台湾を知る)教育が、親日の源だ。台湾を知れば知るほど日本を愛するようになる。日本が心血を注いで台湾に建設したインフラ、日本にさえもう残っていない「リップンチェンシン(日本精神)」。台南地震の頃、嵐山の神社を観光していた台湾人が、宮司が「台南と高雄に天の助けがありますように」と書いた張り紙を見つけて感動しフェースブックで拡散した。台湾人は日本に振り向いてもらうことを求めている。

日本は、民間は台湾に温かく、政府は冷たい。1972年より前は蒋介石の神話の枠組みを通して台湾人とつきあい、それ以降は、台湾は中国の領土であるという中国の主張を尊重するという神話を通して、つきあっている。目の前にいる台湾人を見ていないのだ。呉濁流は日本語で『アジアの孤児』を出版したが、いまだにこの状況である。誰よりも早く手を差し伸べるべきは、かつての祖国−日本−ではないか。

現在、台湾との協定は、契約より格下の「取り極め」、つまり、覚書である。日本は、台湾に法的な位置付けを行うことが必要だ。日本を慕う2300万人は日本の宝ではないか。

「ひまわり運動」のテーマ曲「島嶼天光(島の夜明け)」の最後は、「今日こそその日だ、勇敢な台湾人よ」で締めくくられている。確実に台湾は生まれ変わる。日本にとっても、今日こそ、台湾に振り向くときではないか。

経済評論家で経世論研究所の三橋貴明所長は、「アジアの雁行型経済発展は復活するか」という題で講演した。経済の原理を素人にも分かりやすくレクチャーした。

アベノミクスで為替レートが下がり、輸出は増えたように見えるが、「実質輸出」はほとんど増えていない。東北大震災前のレベルにも達していない。それは、リーマンショックで工場が日本から出て行ったためである。

世界的に「スロー・トレード」と呼ばれる現象が指摘されている。経済成長率を輸出増加率が下回っているのだ。

現在、日本の経済が縮小のスパイラル、つまりデフレに陥っているのは、バブル崩壊が原因である。バブルというのは、投資ではなく投機。これがはじけると、借金しか残らない。すると、将来が不安になり、消費や投資ではなく、金を銀行預金まわすようになる。こうなると誰の所得にもならない。

このときに、政府があることを行うとデフレになる。それが橋本政権の緊縮財政(増税と公共投資削減)である。安倍政権が消費税増税を行うことには反対である。デフレをもたらすからだ。

中国では、2009年以降、設備投資とゴーストタウン建設をさかんに行った。これは、GDP統計の方法を逆手に取り、GDPを増やすためである。

オルドスという町は、10万人が住める住宅に100人くらいしか住んでいない。犯罪者すら、よりつかない町になっている。

鉄鋼の生産能力も、4億トンの需要があるところ、8億トンであり、ダンピングが始まっている。自動車生産も、需要の2倍の能力がある。

中国政府もついに、リストラをすると発表した。暴動がこれまで以上に増えるであろう。

中国が資源を買わなくなっているため、中国が輸入する鉄鉱石や石油価格が下がっている。中国が成長を続けると期待していた国における生産投資が無駄になり、その債権国である日本が円高になるという状況である。

中国が発表する経済成長率は、鉄道貨物輸送量が大きく変化しているのにも関わらず変動がなく、信用できない。

日本を先頭にした雁行型に戻すべきである。

現在のGDPの推移を見れば、日本が凋落し、中国が躍進しており、5年後には、日本など中国の眼中になくなる。

GDPは国家の財政規模を決める。このままなら、軍事力においても、中国が圧倒的に優位に立つことになる。

中国の経済政策は、「他人の犠牲の上で自らの成長を図る」ものである。台湾から中国への投資は60兆円であり、その分、台湾から雇用が失われる。サービス産業まで奪われることに危機を感じ、ひまわり運動が起きたのだ。

日本はデフレ脱却し、経済成長する必要がある。

実は、日本国債の最大の保有者は日銀である。ひとついいことがある。返済が不要だということだ。つまり、現在の日本には膨大な財政余力がある。

経済成長が起こるメカニズムは、人手不足になって、労働者一人当たりの生産性を向上させるため、生産設備投資や公共投資が行われることだ。

産業革命以前は、土地と労働力で生産が決まっていたが、産業革命以降は、技術によって生産を増やすことができるようになった。雁行型経済の復活に必要なのは生産性の向上である。

また、少子化の問題は、実質賃金の下落によってもたらされている。少子化の原因は出生率ではなく、結婚しなくなっていることと、東京への一極集中である。東京、とくに、新宿とか渋谷では、婚姻率が低い。

したがって、日本がすべきことは、(1)技術とインフラに投資し、(2)地方に企業や人を移すこと。そして、(3)たとえば、台湾で生産し、台湾に雇用を作り出している企業と手を組むこと。こうすれば、雁行型経済発展が復活する。

生産能力より需要が少ないデフレギャップのもうひとつの解消法は戦争であるから、ある国がそれを選ぶ可能性も考慮に入れる必要がある。

その後、廣瀬代表を司会として、パネルディスカッションが行われた。

黄氏は、台湾の新政権の経済政策の課題として、台湾に投資し、台湾で生産をしている企業には、減・免税(税制優遇)を与えるなどの政治的リーダーシップを挙げた。

また、三橋氏が、台湾は中国語を使っているために、中国の周辺化しやすいのではと問題提起すると、林氏は、蔡英文氏はすでに台湾の各民族を平等に扱うことを打ち出しており、中国語(「北京語」)の比率が下がることになるだろうという見方を示した。

また、ひまわり運動の学生たちは主に中国語を使っていても、全編台湾語である「島嶼天光」を聞いて涙するという話、また、日本に来た台湾人が、中国人と間違われないために台湾語を使うようになるというエピソードを明かし、台湾語の重要性を指摘した。台湾語には文字がないかのような言い方は、間違いであり、台湾には新港語のローマ字表記や台湾語のローマ字表記が昔から行われていると紹介した。

また、黄氏は、税制優遇以外には、「禁止」という手段があり、これは李登輝政権において実際に用いた方法だと語った。今では、台湾セミコンダクターが中国に12インチ・ウエハー工場を作ることさえ認可されたが、このままなら、半導体王国の地位を中国に奪われるのは確実だ。

林氏は、政治化が中国訪問するとさまざまな罠(トラップ)が仕掛けられるので、中国を訪問した政治家は信用すべきではない、と語った。民進党の政治家も、家族が中国に投資したりしていて、そういった企業家の圧力を受けやすい。

したがって、まだ汚染されていなくて、支持基盤が若者である時代力量が注目される、とした。4年の国政選挙ごとに、若者から130万の有権者が増えるが、これは中国傾斜を嫌う若者である。

日本の学界やメディアも中国にコントロールされている。たとえば、朝日新聞はリベラルとして知られているが、それが中国のような権力に立ち向かわずに、違う方向へ向かっている。

時代力量は2020年には第2党になるだろう。時代力量と日本の政界の交流について考えると、日本の問題は、与党としか付き合おうとしないところだ。政治家の人よりも現在のポストにこだわっている。米国は1990年代には、すでに蔡英文氏に注目していた。

三橋氏は、日本は、現在の人手不足の状況で、今度は、サービス業の生産性向上が経済発展をもたらすだろう、とした。

その際、政府が間違ったことをしないことが重要であるが、心配なのは、「労働力確保に関する特命委員会」が言っていることだ。人手不足の対策として、「外国人を入れるしかない」と言っている。これは、技術の進歩を考えない、産業革命以前の考え方である。

実は、財界は、実質賃金が上がると国際競争力が下がるとして、賃金を上げずに労働力を確保しようとしている。企業としては当然の考え方であるが、国家の考えは違うべきであり、政治家は国家の観点に立つべきだ。

最後に、台湾の新政権の経済政策について、黄氏は、新政権の経済政策のうち、国防産業は問題ないとして、IoT、バイオ、スマート精密機械などがうまくいくためには、これまで馬政権が進めてきた、中国とのFTAにブレーキをかけることができるかどうかが課題であるとした。これについて、蔡英文氏はまだ態度を明らかにしていないという。

林氏は、国防産業の発展について、数兆円の産業になるだろうと期待しているとした。台湾に必要なのは潜水艦で、米国からディーゼル潜水艦を買おうとしているが、米国は原子力潜水艦しか作っていないという問題がある。

蔡英文氏が訪日したときにも、日本の技術が必要だと口にしている。しかし、今の日本は、台湾を存在しないかのように扱っているので、軍事交流ができない。そのためにも法的整備(台湾関係法)が必要だとした。

日本が台湾を守っているのではなく、中国に併呑されないことで、台湾が日本を守っている。日本の政治家たちは、台湾は大切な友人だというなら、台湾の身分をはっきりさせ、軍事交流ができるようにしてほしい。

遠く離れたカナダですら、台湾関係法が委員会まで通過したのだから、日本は尚更、やるべきである。中国はもちろん反対するが、日本に良いことだからこそ反対するのだ。

三橋氏は、中国が核ミサイルを持てるようになったのは、(中国に投資をした)日本や台湾にも大きな責任があると語った。中国をなめてはいけない。いまや、世界の原発の半分は中国が作っている。中国の属国になりたくないのであれば、政治で変えるしかない。

その後、質疑応答があった。まず、台湾関係法ではなく国交をこそ求めるべきではないか、という問いに対して、林氏は、それができるなら大賛成だが、現在の台湾で行われている憲法は自らを中国と規定しており、それに従う以上、国交を開くときに相手国に対し、中華人民共和国との二者択一を求めることになるとし、「中華民国」体制が国交樹立を阻んでいることを指摘した。

また台湾企業が中国から引き揚げないのはなぜかという質問に対して、林氏は、撤退のコストは進出の数倍にもおよび、夜逃げも多い。夜逃げという手段を取れない有名企業には撤退が難しく、また、台湾人はメンツを重んじるために撤退しにくいという事情や、馬英九政権下では、中国の報復が台湾においてすら、税務調査などの形で実行されるという状況を明かした。

中国は、昔は、ナイフを振り回すチンピラだったが、今はマシンガンを打ちまくるチンピラになったという比喩で、中国と付き合うべきという考えを批判した。

2016.4.10 23:05