「『幸福』な台湾へ台湾元総統・李登輝さん」

「『幸福』な台湾へ 台湾元総統・李登輝さん」

李登輝元総統へ朝日新聞が単独インタビュー

日本李登輝友の会メルマガ日台共栄より転載

 7月30日からの沖縄県石垣市への訪問を前に、朝日新聞が李登輝元総統へ単独インタビューを
行った。

 このインタビューで李元総統は、在任中に10年間ほど開いていた日米台による秘密会議「明徳プ
ロジェクト」の名前を挙げ、この会議を通じて総統に就いた蔡英文氏を見いだしたと述べ、台湾の
2016年は国民党がつぶれ始めた年との認識を示している。

 また、「米国、日本、台湾が一つの流れとして、おそらく集団的自衛権の構築に一歩進むだろ
う」という考え方を示しつつ、「非常に大切な問題」として、中国が拡張姿勢を強めている「東シ
ナ海と南シナ海の問題をどう処理するか」を挙げる。そしてまた、台湾は中国ではなく日本との経
済関係を深めるべきとも指摘する。

 蔡英文総統については「しっかりやってくれると思う」と期待感を示し、安倍首相からもらって
いる手紙を渡し「安倍首相の考え方、日本の考え方を蔡さんに伝えようと思っている」と述べる。

 これまで明かされてこなかった、台湾の裏面史ともいうべき史実にも踏み込んだインタビューと
なっている。7月31日午後、石垣市内で開かれる李登輝元総統の講演会にも期待が高まるインタ
ビューだ。

 なお、この石垣市で開催の李元総統の講演会とレセプションの本会会員へのご案内は、来週早々
に郵送する予定です。

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[インタビュー] 「幸福」な台湾へ 台湾元総統・李登輝さん
【朝日新聞:2016年6月15日】

http://digital.asahi.com/articles/DA3S12408955.html?rm=150
写真:「蔡さんには勇気があるかな。台湾の女性は強い? それはそうだなあ」=台北、張明偉氏撮影

 台湾で蔡英文(ツァイインウェン)総統が就任し、独立志向を持つ民進党政権が発足した。「台
湾は中国とは違う」と考える人が増えていることが背景だ。台湾出身者として初の総統になり、国
民党内から民主化を推し進めた李登輝氏は台湾の現状をどう見るのか。中国とどう向き合い、日本
や米国との関係はどうあるべきか。元総統に聞いた。

―― 蔡・新総統は李登輝政権時代に頭角を現しました。どう見いだしたのですか。

「彼女は(台湾の安全保障や、中国との関係を議論する)国家安全会議の諮問委員だったんだ。そ
れだけでなく、非常に肝心なことは、私が在任中、ひそかに日本と米国の政治家や識者を集めた
『明徳プロジェクト』というのがあった。数カ月ごとに日本や米国で話をする秘密会議だ。日本で
中心的役割を果たしていたのは参院議員の椎名素夫さん。米国からは後に(米国務省ナンバー2
の)国務副長官を務めたアーミテージ氏や、(国防総省ナンバー2の)国防副長官になるウォル
フォウィッツ氏が参加していた。何か問題があったときにどうするかを話し合っていた。蔡さんは
固定メンバーではなかったが、2回ほど出ている」

「この会議は(後任の)陳水扁(チェンショイピエン)政権になって終わってしまったが、10年ぐ
らい続いた。私の政権時は非常に力を持っていた」

―― 蔡氏は当時から、台湾の安全保障にからむ重要な会議に関わっていたのですね。蔡氏は、国
 家安全会議の諮問委員としてはどんな仕事をしていたのですか?

「『台湾は国なのかどうか』という問題を研究してもらった。蔡さんはロンドン大経済政治学院
(LSE)を出たからね。英国に出向いてもらい、有名な学者9人に『台湾は国かどうか』という
問題を検討してもらった」

「結果は9人の中の3人は『国だ』というが、6人は『なかなかそうは言えない』ということだっ
た。当時『台湾は国であるかどうか』ということを諸外国に強く求める必要があった。そうしない
と、台湾がいつまでも国際社会から外れた状態になってしまう。こういう形で一歩ずつやってき
た」

―― 総統時代の1999年には中台は特殊な国と国の関係だという二国論を打ち出しましたね。

「ドイツの放送局のインタビューで『台湾は中国の一省として不安定な状態にある』と言われたか
ら、私は『それは間違いだ』と言った。そして、台湾と大陸は『国と国の関係』であると。もう一
つ、『特殊な関係』である、ということも言った。これを言ったら問題になっちゃってね。米国で
も騒ぎになった。『特殊な関係』というのは、実は、秘密会議の明徳プロジェクトに出ていた日本
の外務省幹部が出した意見なんだ」

                   ■     ■

《中国は蔡政権に、交流の前提として「92年コンセンサス」受け入れを求めている。中国は、中台
がともに同じ「中国」に属する「一つの中国」原則を92年に台湾が認めたとして、これを「コンセ
ンサス」とする。国民党の馬英九(マーインチウ)・前政権は「コンセンサスがある」とするが、
「『一つの中国』の意味はそれぞれで解釈する」という内容だとして、中身の認識は中国側とずれ
がある。蔡氏はやりとりの事実は認めるが、「コンセンサスではない」との立場だ。》

―― 蔡氏の対中政策をどう見ますか。

「『会談はあったが、コンセンサスはない』という蔡さんの立場は、非常に大事なことだ。92年の
会談は私の任期中だが、『大陸との間の諸問題は話し合って解決を目指す』というのが中身だ。台
湾は中国の一部だというコンセンサスはない。蔡さんも、『問題があったら話をしよう』と、そう
いう形で持っていくだろう。彼女は、馬さんや国民党とは違う」

「指導者として一番大事なのは勇気だ。96年の初の総統直接選挙の前に、中国が台湾近海にミサイ
ルを撃ち込む演習をした。そのとき私は、数十のシナリオを持っておった。株価安定策、銀行資金
の準備、軍の対応、さらに7カ月分のお米も用意した。中国がやろうとすることを上回る対応策が
あった。だからこそ、あれだけの状態でも台湾は平気で民主化を進めることができた。台湾の民主
化は、中国にとっては負けなんだ」

「習近平(シーチンピン)氏(中国国家主席)は胡錦濤(フーチンタオ)氏(前主席)より頭を動
かしている。馬さんはシンガポールで習氏と会ったが、『私は台湾の総統である』ということも言
えなかった。あしらわれている感じがしてしょうがないなあ」

                   ■     ■

―― 今の中国は影響力を大きく増しているというのも現実です。

「日米は蔡さんの考え方に応援の声を上げている。私は、米国、日本、台湾が一つの流れとして、
おそらく集団的自衛権の構築に一歩進むだろうと思う。これに対抗するのが中国大陸だ。(中国が
拡張姿勢を強めている)東シナ海と南シナ海の問題をどう処理するか、これが非常に大切な問題
だ」

「台湾の味方は国際社会で増えている。台湾と日本、米国の関係は強化されるでしょう。南シナ海
における中国の行動に対して、米国の立場ははっきりしてきた。日本の集団的自衛権も大切だ。私
は日本に憲法改正をしなさいと言っている。国際関係自体が台湾に有利になってきているとみてい
る」

―― 台湾はいま、中国とどう向き合うべきなのでしょうか。

「台湾経済がこんなに悪くなったのは、(私が退任した)2000年からだ。私のときは『中国に投資
しない』『経済的な関係を強調しない』という方針だった。台湾経済が変質した根本原因は、中国
との間で積極的な開放(政策)を行ったからだと思う」

「中国経済はいま、大変でしょう。輸出が出来ない、という大きな問題にぶつかっている。そうい
うときに、日本と台湾の間の経済関係を発展させていくべきだ、というのが私の考えだ」

―― 台湾は対中関係ではなく、対日関係をより強化すべきだと?

「台湾は中国との関係を固めるのではなく、日本との経済的関係を深めなければならない。注目し
ているのが、あらゆるモノがインターネットにつながる『IoT』。台湾には半導体メーカーや技
術者がたくさんいる。台湾と連携して『日台IoT同盟』ができればいろんなことが可能になる。
(安倍晋三首相は)アベノミクスで『3本の矢』と言っているが、金融政策とか税制改革だけでは
うまくいかない。経済発展にはイノベーション(技術革新)が必要だ。産業的な変化を起こすべき
なんだ」

「(行政院長を務めた)謝長廷さんが駐日代表になりましたが、謝さんだけではだめです。総統自
身が日本との関係を深めるべきだ。蔡さんは米国には何回も行っているし、議員との交流も盛ん
だ。だから米国との関係は良くなるでしょう。日本、米国の後押しを受けて、大陸との関係をある
程度きちっと作っていかなくてはいけない。今までの馬総統がやってきたことに対する修正が、今
後行われるでしょう」

                   ■     ■

《李氏は台湾で民主化の立役者として敬愛される一方、中国との関係を大事にする一部の層からは
毛嫌いもされている。退任から16年後の今も台湾社会で大きな注目を集める存在だ。

 総統だった1994年、作家の故・司馬遼太郎氏との対談で「台湾人に生まれた悲哀」を取り上げた
ことがよく知られる(司馬遼太郎「台湾紀行」に収録)。台湾が第2次大戦終戦までは日本に、戦
後は当時中国を治めていた国民党政権の統治下となり、台湾人が台湾を治められない嘆きだっ
た。》

―― 今も悲哀はありますか。

「私が最近言っている言葉は、『台湾人に生まれた幸福』。(3度目の政権交代で)そういう風に
だんだんなっていくんじゃないかな。蔡さんはしっかりやってくれると思う。台湾の2016年は(長
く権力を握った)国民党が総統選と立法院(国会)選で敗れ、つぶれ始めた年。大きな変化だ」

―─ 昨年は政権を批判する学生らが立法院議場を占拠。若者が変化しつつあるのでしょうか。

「国民党の支配体制は完全に崩れ始めた。(運動にかかわった)人たちは私と仲良いんだ。彼らは
若く、これからの台湾を背負っていく。彼らは『時代力量』という新政党を作り、立法院で5議席
を得た。民進党を(外から)変える一つの動きになるだろう」

―― 新たな時代に入りつつある台湾と、日本の関係は今後どうなっていくでしょうか。

「日本との関係はもっと密接になるでしょう。細かくは言いませんが、安倍首相から手紙をもらっ
ている。私はこの手紙を蔡さんに渡しますよ。先日NHK交響楽団の台湾公演が行われたが、首相
は母親をわざわざ台湾に送って鑑賞させた。こういうことをやっているんだ。安倍首相の考え方、
日本の考え方を蔡さんに伝えようと思っている」

(インタビューは日本語で行いました)

                             (聞き手 台北支局長・鵜飼啓)

                 *     *

李登輝(りとうき)日本統治時代の1923年生まれ。京都帝国大農学部で学び、日本陸軍に入隊。88
年〜2000年に台湾総統。96年の総統直接選挙で初の民選総統に。