【警鐘】菅首相「沖縄独立」発言で色めく中国の「琉球回復」願望

【警鐘】菅首相「沖縄独立」発言で色めく中国の「琉球回復」願望
【警鐘】菅首相「沖縄独立」発言で色めく中国の「琉球回復」願望

        永山英樹

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■ルーズベルトは沖縄を中国に引き渡そうとした  

菅直人首相が国家戦略担当相だった昨年九月の政権交代直後、「もう沖縄は独立
した方がいい」と語っていたとのニュースは、中国でも盛んに報じられ、ネット
上でも話題になっている。

たまたま喜納昌吉参院議員に漏らした言葉を喜納氏が新著で書き記したものだが
、おそらくあの国ではこれを、日本の首相の歓迎すべき態度表明と受け取ってい
るはずだ。

それは沖縄を中国の領土(あるいは勢力範囲)であるべきとする中華民族主義的
な領土拡張欲があるからだけではない。さらにはそれと表裏一体である軍事戦略
思考の上からも、関心を寄せざるを得ないのだろう。

さてその中国では、蒋介石の外交上のある「大失策」談が有名である。

第二次大戦中の四三年十一月、ルーズベルト、チャーチル、蒋介石と言う連合国
の「三巨頭」によるカイロ会談が行われた。対独戦の方針を話し合うためのこの
会談に、なぜ中国の蒋介石が参加したかを一言で言えば、対日戦でやる気のない
蒋介石を煽て上げるため、ルーズベルトが「巨頭」の一人と祭り上げ、面子を与
えようとしたからだ。

この会談後に発表された「カイロ宣言」(実はこれは条約ではなく、単なるプレ
スリリースだが)には、「日本は台湾を中華民国(当時の中国政権)に返還すべ
し」とあるが、これは数年前に台湾の豊かさを知った蒋介石が、ルーズベルトに
求めて挿入された一節である。

戦後台湾に進駐した中華民国軍はこの「宣言」を根拠に島の領有を勝手に宣言し
、そしてそのことが今日の中華人民共和国の台湾領有権の主張の根拠となってし
まっている。

さて蒋介石の「失策」談だが、国営新華社の電子版が〇八年一月に掲載した論文
によると、そのカイロ会談でルーズベルトは蒋介石に「琉球列島を管理しないか
」と打診した。

「日本は不正な手段で列島を奪ったが、琉球は地理的に貴国に近く、歴史的にも
貴国とは緊密な関係にある。もし望むなら戦争終了後に管理権を渡そう」と言う
のである。

この思いもかけない話に蒋介石は戸惑ったようだ。少し考えた上で「私は中米両
国で占領し、その後国際信託を受けた中米共同管理がいいと思う」と答えた。

■蒋介石は日本との争いを恐れて沖縄を拒否

十一月二十五日に再び蒋介石と会見したルーズベルトは再び聞いた。

「もう一度考えてみたのだが、琉球列島は台湾の東北に位置し、太平洋に面する
など、貴国の東の防壁であり、きわめて重要な戦略的位置を占める。あなたたち
が台湾を獲得しても琉球を抑えなければ台湾の安全は保障されない。さらに重要
なのは侵略を天性とする日本に占領させてはならないと言うことだ。台湾ととも
に貴国の管轄下に入れないか」

だが蒋介石はやはり米中共同管理を主張した。「琉球問題は複雑だ」と言うのが
理由である。

このときルーズベルトは米中共同出兵による日本占領も提案したが、これも蒋介
石に婉曲に断られたそうだ。かくして「カイロ宣言」には、「台湾返還」は記さ
れても、「琉球」への言及はなされなかったのいだと言う。

会見後に蒋介石は随行する王寵恵に意見を求め、次のような会話となった。

王寵恵:琉球の戦略上の地位は重要。軍事面から見れば必要だ。

蒋介石:しかし将来日本と、こんなことで言い争いになったらどうするのか。

王寵恵:さまざまな角度から言えば、琉球は歴史的には我が国の付属国であり、
我々に渡すのが情理にかなっている。日本が批判しても道理に合わない。

蒋介石:それなら、なぜそれを早く私に言わなかったのか。

王寵恵:あなたは中米共同管理を提案した。私は部下としてあなたに従うのが当
然だ。

蒋介石:ルーズベルトが我々に琉球を差し出そうとした話は少数の者しか知らな
い。だから今後は口外するな。もしこのことを聞かれたら、「条約も証拠もなく
、理由は言えない」と話すのだ。

かくして国民党の資料、記録、雑誌、書籍などはこの問題に関し、「根拠なし。
ルーズベルトは琉球問題に言及せず」と書かれるようになったと言う。

■中国人は沖縄を自国の版図内と考えている

ちなみにこの論文のタイトルは「蒋介石が琉球接収拒否を後悔」。新華社がこれ
を掲載したのは、その内容が国益に有利だと判断したからだろう。

論文は、次のように沖縄の歴史も語っている。

「琉球列島は中国東部に位置し、十四世紀初めに中山、山南、山北と言う三小国
が現れ、一三七二年に中国明朝に進貢し、国王はそれぞれ冊封を受けた」

「十五世紀初め、統一された琉球王国も中国封建統治者に朝貢。一六〇九年、日
本薩摩藩の武力征服を受ける。その後琉球王は明朝と薩摩藩に進貢するも依然と
して中国の冊封を受け、それが清朝まで続いた」

「一八七二年十月、日本の明治政府は中国との協議も経ず、琉球国廃止を強行し
て琉球藩となし、七九年三月には兵を侵入させ、琉球併合を強行し、沖縄県を設
置した」

そしてその上でこう主張するのだ。

「琉球列島は人口が多く物産も豊富。そして中国の東の大門だ。歴史上は中国の
付属国で、日本とは無関係である。日本が武力侵略した琉球列島を、ルーズベル
トが中国へ引き渡そうとしたのにはおのずと道理があるのだ」と。

日本の沖縄県がかつて明朝、清朝から冊封(外臣認定)を受けたとの理由で、い
まだにそれが中国の版図に入るべきだとするが如き主張を、新華社が容認してい
ると言う事実に着目しよう。

■菅直人の軽率発言は中国軍への誤ったメッセージ

一九六二年、米国が沖縄における日本の主権を承認しようとしたとき、台湾の「
聯合報」は「中国東部の海防に大きな穴を開けることになる」として、カイロ会
談での「失策」を非難した。この記事に危機感を覚えた蒋介石は、ルーズベルト
の提案には一切触れず、中米共同管理の建議を行ったことを自ら認めた。

この事実を報じるのは人民日報系の環球時報が〇五年七月に掲載した「釣魚島の
禍根―蒋介石は琉球を二度拒否した」なる記事だ。

そこでは「蒋介石が琉球を求めなかったことで、日本がその利益を深く受けた。
米国も大きな利益を受けた。今日のこの地域における政治、軍事態勢や各種の資
源を巡る紛糾は、このように設定された枠組みの下で生まれたものなのだ」と非
難しているが、今になってそうする背景にはもちろん、中国の軍事力が東支那海
への伸長を本格化させている状況がある。

つまり海軍力の東支那海での制海権確立と太平洋への進出に欠かすことができな
いと強く認識される今日だからこそ、「なぜ蒋介石はあのとき、沖縄を拒否した
のか」と恨んでいるのだ。

中華民族主義が充満する在台中国人勢力の雑誌「海峡論壇」(〇六年十一月)に
掲載の論文「琉球は独立国の地位を回復すべき」では、中国人の戦略思考の一端
をうかがい知ることができる。

「琉球列島は東海(東支那海)に挿し入り、中国を内陸へと閉じ込めるものだ。
日本はこれに拠ることで、釣魚島に侵入し、東海で覇を唱え、石油資源を強奪す
ることを可能とした。そして今日ではさらに台湾をその勢力範囲と見做し、中国
統一を妨害している」

「台湾を日本の勢力範囲と見做し」と言うのは、いかにも中国人的な表現である
。日米同盟が台湾を防衛範囲に組み込んでいることを指しているのだ。

そしてこう言う。「琉球独立は歴史と国際正義の問題であるとともに、東海の争
いを解決し、釣魚島を回復し、両岸統一を達成するためにも最も優れた、最も合
理的な方法である」と。

このように、東支那海、台湾を勢力下に収めるとの中国の軍事戦略を抑止するの
が日米同盟であり、その重要拠点が沖縄の基地である以上、沖縄は何としてでも
日本から切り離してしまいたい、と中国人は考えるのだ。

ところがそうしたなか、今回首相に就任した菅氏が「沖縄問題は重くてどうしよ
うもない。基地問題はどうにもならない。もうタッチしたくない」とし、「もう
沖縄は独立した方がいい」とまで言い放ったわけである。これに中国側が色めき
立たないはずがない。

おそらくあの国の政府、軍部には、菅政権には中国の軍事膨張の前における国防
の決意が欠如していると認識されたことだろう。

こうした無責任な発言が中国への誤った「メッセージ」となり、我が抑止力を大
きく阻止でしまうのだ。

国家意識が希薄ゆえに国家分断容認発言を平然と行うことのできる政治家の存在
が、いかに危険なものであるかがわかるだろう。しかも菅氏は首相にして、自衛
隊の最高指揮者なのだ。

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