【産経正論】中国の目は既に太平洋の彼方に

【産経正論】中国の目は既に太平洋の彼方に

2012年6月12日産経新聞より転載

 中国軍事研究家・平松茂雄 

 北大西洋条約機構(NATO)側の呼称で「バックファイアC」といえば、ロシアの長距離爆撃機Tu−22M3のことである。その生産ラインの中国への売却が、長期にわたる商談を経て、15億ドルの価格で決まったようだ。同爆撃機は、中国では「轟−10」(H−10)と呼ばれる。2年前の5月、米議会の政策諮問機関、「米中経済安保調査委員会」が開催した公聴会で明らかにされた。

 ≪戦略環境変える長距離爆撃機≫

 中国軍の主力爆撃機は、長らく旧ソ連時代に導入したTu−16(バジャー)と呼ばれる双発中型機であった。冷戦時代、わが国の日本海上空にしばしば偵察飛来して話題になっている。米トマホークと同性能の巡航ミサイルなどの兵器を装備しているものの、導入以来、半世紀を経て時代遅れは否めない。ロシアでは1990年代に退役しており、中国でも更新は必然の勢趨(すうせい)であった。

 冷戦終結に伴って、中国はロシアとの関係を対立から急接近へと転換し、98年にTu−22M3爆撃機の購入を意図した。だが、ロシアは、東アジアの軍事バランスを著しく崩すという理由で、この爆撃機の売却を拒否したとされる。今回のロシアの方針転換の背後に何があるかの詮索はおくとして、中国軍の航空戦力が向上すれば、何よりも東アジアの安全保障環境に大きく影響してくるから、関心を持たずにはいられない。

 「バックファイアC」は、来年後半に試作機が完成する予定だ。エンジンを除く部品は、中国で作られる。第1陣として12機、第2陣として24機、合計で36機が実戦配備される計画だという。

 目下、世界最速の遠距離戦略ミサイル爆撃機とされ、通常爆弾と核ミサイルを搭載する。作戦行動半径は約2880キロといわれるから、中国大陸を発進して、南シナ海、東シナ海ばかりか、西太平洋海域で行動し、米空母戦闘群の行動を抑制できるという。空中給油が可能だから、作戦行動半径はさらに伸ばすことが可能だ。

 ≪空母保有を想定した演習も≫

 中国軍は、「空母キラー」と呼ばれる地上発射対艦弾道ミサイル「東風21−21D(DF−21D)」による抑止力をすでに有している。それに「バックファイアC」が加われば、米海軍をにらんだ「接近阻止・領域拒否」(A2AD)戦略にとり大きな力となる。

 中国の海洋進出といえば、わが国では、圧倒的な関心が尖閣諸島をめぐる動きに注がれ、時折、南シナ海の現状に目が行く程度で、東京都による尖閣購入構想、短期間で10億円以上にも達した購入資金の寄付、東京都と沖縄県石垣市による尖閣共同管理提案、といった話がニュースになっている。

 対する中国は、尖閣諸島はもちろん、遥(はる)か遠方海域まで視野に入れて行動している。海軍艦隊は今世紀に入り、東シナ海の中央部、春暁(日本名・白樺(しらかば))石油ガス田の近海を通過し、第一列島線を、沖縄本島と宮古島の間の海域経由で南下して、西太平洋のわが国最南端の領土、沖ノ鳥島の周辺海域にしばしば現れだした。南シナ海の海南島近海から東進して、台湾とフィリピンの間のバシー海峡で第一列島線を通れば、沖ノ鳥島の周辺に抜けられる。沖ノ鳥島を南下すれば、西太平洋における米軍の重要基地グアム島である。

 5月9日付産経新聞は、同月6日に、先島諸島から台湾にかけての太平洋海域で、中国艦隊が揚陸艦を先頭にV字形の陣形で航行する訓練を行ったと報じた。近い将来における空母の防衛を想定した訓練とみられる。この手の訓練・演習は頻繁に実施され、潜水艦も参加しているという。

 ≪防衛ラインの後退にどう対応≫

 中国軍が現状でも、「空母キラー」の援護を得られていて、さらに、そう遠くない将来には、長距離爆撃機、「バックファイアC」の配備も受けられるとなると、東シナ海、南シナ海から西太平洋にかけての海域では、米軍の活動は著しく制約されかねない。

 中国は、先ごろ、未完成のソ連製「ワリャーグ」を改造した空母を完成させ、試験運航の段階にある。フランスの空母を購入したブラジルから、この空母に使用されている搭載航空機の発進に関する技術を移転してもらったとの情報もある。新しい独自の空母の建造も計画されているようだ。

 米国は、中国の海洋進出・外洋海軍建設に対応するため、沖縄に駐留する海兵隊約2万人を半減して、グアム、インドネシア、オーストラリアに分散配備する態勢に転じている。米軍が、防衛ラインを、これまでの沖縄−台湾−フィリピンという第一列島線から、第二列島線にまで後退させるという事態に、わが国はどう対応するのか、米空母戦闘群と自衛隊との間にどんな連携が図られるのか、部外者には知るすべもない。

 ただ、中国が尖閣周辺を超え、西太平洋にまで勢力圏を広げようと目論(もくろ)んでいることだけは、強く銘記しておくべきだろう。(ひらまつ しげお)

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