馬総統の対日姿勢「滑り出し好調」 台北駐日経済文化代表処代表 許世楷氏

台湾の中国接近、方針事前通知を

【6月2日 フジサンケイ ビジネスアイ】

 馬英九氏が5月20日、台北で総統就任式を行い、台湾で中国国民党が8年ぶりに政権を
握った。これを受けて訪中した国民党の呉伯雄主席は28日、北京の人民大会堂で中国共
産党の胡錦濤総書記と1949年の中台分断以来、与党として初の国共トップ会談を実現し
た。会談では99年に中断したままの中台対話を9年ぶりに再開することで一致するなど、
両岸関係が大きく動きそうな情勢だ。台北駐日経済文化代表処の許世楷代表(駐日大使
に相当)に馬新政権の基本政策や、今後の対中、対日関係などについて見解を聞いた。

【出身地問題の克服】

 馬総統が就任演説で示した「政治の清廉」は、民進党政権後期の腐敗に対する批判と
ともに、かつての国民党への反省、戒めも込めた。次に「両岸(中台)和平」では経済
開放による対中開放を挙げた。「エスニックグループ(族群)の調和」では、選挙のた
びに表面化した外省人(中国大陸籍)と本省人(台湾籍)の対立問題を、(本省人の票
も集めて圧勝した)3月の選挙である意味、克服したのではないか。香港生まれで外省人
の馬氏は、台湾に骨を埋めると表明した。

【対中経済開放】

 馬政権による(対中政策の)目玉は、海と空の中台直行便の定期化。これまでも飛ん
でいるチャーター便の定期化は実現可能だ。だが来年7月に予定している定期便になる
と、国内線なのか国際線かをはっきりさせないといけない。中国は国内線というだろう
が、台湾からみれば国際線だ。

 中国からの観光客の制限撤廃も掲げている。これまで中国人観光客には、保証金を積
むか、在職証明(収入証明)の提出で来台を認めた。その撤廃は無制限を意味する。だ
が受け入れ後に(不法滞在者など)送り返したくても中国が受け入れなければどうなる
か。大きな心配だ。台湾での「人民元」両替問題もある。3つとも簡単に見えるが、技
術的側面からは難しい。

【中国の対台姿勢】

 中国が台湾に向けている1300基のミサイルが撤去されない限り、平和交渉はできない
と主張しているが、撤去までにどれだけの努力が必要なのか懸念される。総統選後、国
民党幹部の訪中が相次いでいる。だがあくまで国民党と共産党の私的関係にすぎない。
結局、(馬政権による対中当局間)交渉が進行するまで模索状態になる。だが中国は(
総統選後も)態度を改めていない。世界保健機関(WHO)への台湾のオブザーバー加
盟申請は拒絶し、討論もさせない。中国が柔軟な立場に出てくるのはそう簡単ではない。

【現在の対日関係】

 国交がないにもかかわらず対日関係は(1972年の断交後)ここ数年が一番よい。新た
な段階を迎えたのが2005年だった。

 同年2月の日米安保条約にもとづく定期協議で、台湾海峡の平和維持が日米の共通戦
略目標として挙げられた。当時、中国は「反国家分裂法」の制定作業中であり、共同声
明はこれに反対する日米共通の答えだった。同年8月の訪日台湾人へのノービザ措置(の
恒久化)。台湾はすでに日本人にノービザ措置を取っており手続きの便利さ、渡航費用
負担軽減だけでなく、台日互恵平等が実現した。

 この2つは対日関係を一段と良好にした。03年に数十万人だった双方の渡航者数は05
年、訪日する台湾人が135万人、台湾に行く日本人が116万人まで増えた。台湾の雑誌に
よる台湾人の外国に対する好感度調査で、06年にはそれまで1位だった米国を抜いて日
本が初のトップになった。

【対日関係の新段階】

 馬氏は選挙期間中に2回訪日。「自分は知日派」と述べた。また5月8日には戦前、台
湾の水利事業に貢献した日本人の八田與一(はった・よいち)技師の命日で、台南での
式典にも参加。対日関係を気にしており、滑り出しは好調と評価していいと思う。

 対日関係は新しい段階に入る。私は在任中、日中が接触する際、台湾についてどれだ
け、どのように触れるかに神経をとがらせてきた。今後、対中接近、経済開放を目指す
馬政権で両岸接触が頻繁になれば、逆に日本は台湾の動きを気にかけるようになるだろ
う。

 このため私は4月、立法院(国会)で対日関係の現状を報告した際に、大事な両岸交
渉では何のためにどこまで、どうするか方針を事前に日本に通知するよう提案した。日
本を驚かすこともなく、信頼関係も損なわない。良好な対日関係の維持にはとても重要
だ。

 今後は日本が形式にとらわれず、台湾への(公務での)閣僚派遣など、交流レベルア
ップを望みたい。

【李登輝元総統】

 これは憶測だが、(対中政策を主管する)大陸委員会の主任委員(閣僚)に頼幸媛氏
を内定する前、馬氏は李登輝元総統に会っており、事前に了承を取っていると思う。李
元総統は(馬政権の)対中、対日政策に自分なりに関与すべきだとの使命感を持ってお
り、台湾人として貢献したい、という強い気持ちがある。

【プロフィル】許世楷
コー・セーカイ 台湾大卒業後、早大大学院に留学し政治学修士、東大大学院で法学博
士。津田塾大に奉職し教授、学科主任を歴任。台湾独立建国連盟で日本本部委員長、同
総本部主席も務めた。台湾の民主化とブラックリスト解除で1992年に帰台して静宜大教
授、台湾憲政研究センター委員長などを経て2004年7月から現職。73歳。台湾彰化市生
まれ。