静かな総統選 [産経新聞台北支局長 長谷川周人]

【4月3日 産経新聞「台湾有情」】

 台湾の選挙といえば、幹線道路に幟がびっしり立ち並び、行き交う車は支持政党の旗
を掲げ、まるでお祭りのようなにぎやかさをイメージする。

 しかし、今回の選挙では水を打ったような静けさが続き、街を見渡しても選挙のにお
いがしない。政党が主催する選挙集会にでも出向かない限り、とても投票率が8割に迫
る天下分け目の選挙戦という実感がわかなかった。

 現政権への失望感? あるいは激しい政治対立への嫌気? 分析は諸説あるが、ここ
は台湾人の冷静な選択と解したい。中間層といわれる黙して語らぬ人々が、歴史に根ざ
した感情のねじれを乗り越え、将来を見据えて選んだリアリズムなのだと。

 李登輝前総統がかつて「新台湾人論」という理念を提唱した。外省系(中国大陸籍)
か本省系(台湾出身者)で割れる内部分裂に終止符を打って、台湾に生まれ育った人々
は団結せよ、という呼びかけだった。

 感情を排し、現実を直視する−。現政権が「8年の空転」を招いたとするなら、その
時間を取り戻すには李氏の言葉が、今こそ生きてくる。新しい時代の幕開けとともに、
社会のさらなる熟成に期待したい。なぜなら、民主化の深化と経済力の維持こそが、台
湾にとっての最大の安全保障なのだから。              (長谷川周人)



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